セクハラ、心不全、せん妄の父…介護は先の見えないサバイバルです

父の介護、母の介護、私の老い方(1)
荻野 アンナ プロフィール

大酒飲みの原因

2005年は初夏に彼氏を亡くし、秋に91歳の父親が入院する。90歳を超えていれば、いかなる病名が付いてもおかしくないところだが、うちの父親の場合は特殊だった。

80代で腸の大手術を二度も体験して、父はむしろ内臓が丈夫になってしまい、肝臓も壊さず、アル中にもならず、好きなだけ大酒を食らっていた。

母は歩行が困難なレベルの腰椎すべり症。私は前年から食道がんの彼氏にかかりきりだった。監視の目が行き届かなかったし、そもそも昔から大酒飲みの父の、酒の原因を考えるという発想が母と私には無かった。

読書好きだった父だが、この頃は新聞なら大見出しが辛うじて読める程度だったと、入院後に判明する。すでに手術が意味をなさない段階になっていた。目さえもっと早期にケアしておけば、酒より読書に気をそらせることが出来たかもしれない、と一応きれい事を書いておく。

10月30日、またしても父は救急車のひととなる。病名としては心不全。心臓肥大。心房細動。酒は脱水症状をもたらす、というのは初耳だった。一時的な低血圧による失神。アルコール過多によるビタミンB不足の結果としてのウェルニッケ脳症。これで2~3日間、せん妄が出るかもしれない。

父の病室も決まり、母を家に送る時のこと。

「パパは治ったら、帰ってくるのか」

意味がわからず聞き返した。

「ベッド、グジャグジャや」

たしかに「グジャグジャ」だが、今の優先順位がそれなのか。むしろ、よほど帰ってきてほしくないのだろう。さすが家庭内離婚歴半世紀である。

父の見た「せん妄」

「せん妄」は待つまでもなく現れた。

病室に戻ると、「マイ・シスター」と父に迎えられた。「指が落ちる」「33を使わないと」「スープが少なすぎた」等々、意味不明なことを呟く。

その夜は一杯やって銭湯とマッサージで心を落ち着けた。

「人生は貰い物。貰った馬の口の中は覗き込まない」

メモ帳に書きつけた。貰った馬の口の中は覗き込まない、は父がよく言う英語のことわざ。馬は口の中を見ると良し悪しが分かるが、貰い物の場合、選り好みしてはいけない。人生という馬も、同じこと、と自分に言い聞かせた。

翌日の父は炎症と熱がある。夕食は2時間のフルコースだった。スプーンを口に運ぼうとすると、父の手とぶつかる。ベッドサイドテーブルの上の何かを取ろうとしているのだ。動作から判断するに、酒のグラスが見えているらしい。かと思うと、スプーンの中身を飲み込まないうちに、次のひとさじ、またその次、と口に入れようとする。

わずかなおかゆでも、こういう手間をかけていると2時間かかる。私の場合、すでに経験があるので対処できた。亡くなった彼氏はモルヒネが始まると食欲も落ちて、ごくわずかな量を根気強く口に運んだものだった。

「開けられない」と必死の表情で、両手で私の手首を掴み、右と左にひねろうとする。私のことを酒瓶と思い込んでいるようだ。

「私よ。あなたの娘よ」

それでも父は謎の言葉を繰り返しながら、ぐいぐいと手首を締め上げてくる。こういう時の馬鹿力は90歳でも大したもので、父の親指がつけたアザは数日間残っていた。

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