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日本人が知らない「未完の戦争」…厚労省が闇に葬ろうとした事件の深層

何度も「日本人ではない」と指摘されたが…

8月23日の追悼式

東京・千鳥ケ淵の国立墓苑には、第二次世界大戦で亡くなった日本人およそ37万体分の遺骨が収容されている。

ここで毎年8月23日、シベリア抑留者の追悼式が営まれる。1945年の同日、ソ連の独裁者スターリンが発した秘密指令により日本人の抑留が行われたことにちなんだものだ。

抑留は最長で1956年まで続いた。およそ60万人で、死者は6万人。しかも戦争が終わってからのことだ。日本政府は戦争が終わってからも、同胞を取り戻すことができなかったのだ。日本人が長く記憶し、歴史に記録されるべきことだ。

筆者はこの10年、毎回参列している。しかし総じてメディアの注目度は低い。沖縄戦や広島、長崎の原爆のような行政による慰霊祭もない。

だから8・23の追悼式は、抑留の悲劇を語り継ぐ貴重な機会である。2003年から抑留体験者や遺族、支援者らが手弁当で開いているこの会には毎年100人以上が参列し、収まっている遺骨に向かい手を合わせる。

東京・国立千鳥ケ淵戦没者墓苑で開かれた「第17回シベリア・モンゴル抑留 犠牲者追悼の集い」。抑留体験者や遺族らが手弁当で毎年続けている。8・23 はスターリンが抑留の秘密命令を出した日にちなむ=2019年8月23日撮影
 

ところがその納骨堂に外国人の遺骨、ロシア人にものである可能性が高い遺骨が納められていた。

前回見た、厚生労働省による遺骨取り違え事件である。ロシアの9埋葬地から持ち帰った遺骨の中に、日本人でない可能性が高い遺骨597人分が多数含まれていることが分かったのだ。このうち336人分が、千鳥ケ淵に収められていた。また後述のように、遺骨の再鑑定の結果、460人分が外国人のもとであることが分かった。なぜこんな不祥事が起きたのか。

取り違えは昨年7月、NHKの報道で明らかになった。

厚労省は弁護士ら5人からなる調査チームを2019年10月に発足させた。調査チームは、2005~19年に在籍し遺骨収容、DNA鑑定に関わった厚労省職員への聞き取りや関係資料を精査し、同年12月23日に調査報告書が公表された。

DNA鑑定の専門家が日本人ではない可能性を指摘したのに対し、厚労省の担当者が何の対応もしなかったことは、前回に引き続き、同報告書などから取り違い事件の実態をみてゆこう。