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ホーキング博士最後の弟子が紐解く「人類の時間発見」

日常にある最大の”謎”への旅が始まる

想像してみてください。あなたは喫茶店に入って席に座り、ジュースを注文し、出てきたジュースを飲みほしたとします。この一連の行動は、時間が逆に進む世界ではどうなるでしょう。

まず初めにあるのは「おいしかったぁ」という感覚です。次に、ジュースがコップに吐き出されていき、どんどんコップに収まっていきます。そのあとあなたはジュースを注文し、席を立ち、後ろ向きに外へ出ていく……。

このように時間が逆戻りする世界があると言ったら、とんでもない嘘つき、あるいはSFか、スピリチュアルなお話としか思われないでしょう。

『時間逆戻りするのか』まえがき

自然界の多くは対称性をもっているのに、なぜ時間は一方向にしか流れないのか? 古来、物理学者たちを悩ませてきた究極の問い。ケンブリッジ大学宇宙理論センターでホーキング博士に師事し、薫陶を受けた若き物理学者が、理論物理学の最新知見を駆使して、この難問に挑む思考の旅へと発ちました。

まずは、旅の主発点として、人類と時間との出会いから、「時間」という"究極の謎"の起源を見てみたいと思います。

それは暦からはじまった

かつて森林で樹上生活をしていた人類は、やむをえない事情で木から降り、平原に出ました。それからは地上で生き抜くために、狩りをしたり、農耕をしたりと、自然と格闘しなくてはなりませんでした。そのため、自然界あるいはその外の世界について、「あれは何なのか?」とかなり早い時期から気にしつづけてきたようです。

「外の世界」への関心は、やがて「宇宙」という概念を育みました。そして共同体ごとに、それぞれの宇宙についての見方や考え方が確立されていきました。有名な世界四大文明には、それぞれに特徴ある宇宙観が存在していることが、それを物語っています。

たとえば古代エジプトでは、大地を支配するゲブ神と、その双子の妹であるヌート神が固く愛しあっていましたが、ほかの神の嫉妬を買って無理やり引き離され、ヌートは天空を司る女神となったという神話が伝わっています。宇宙の星々はみな、彼女の体からぶら下がっていると考えられているのです(写真)。

【写真】ヌート神
  丸く表現された世界を上から覆っている女性がヌート神。女神の体には星形の模様が彫られている photo by gettyimages

宇宙についての見方はところによってさまざまでも、こうした「神」との結びつきは、共通してみられるものでした。なかでもギリシャ神話は有名です。神話には人々に社会的な規範を教えるという役割もあったので、宇宙の神秘性が一役買うこともあったのでしょう。

さて、こうして宇宙に目を向け、天体の動きに関心をもつようになった人類はやがて、とても重要なものを1つ、手に入れました。「暦」です。

人類で初めて暦を発明したのは、おそらくシュメール人だろうといわれています。シュメールは紀元前3500年頃にペルシャ湾沿岸、現在のクウェートやイラクあたりで繁栄していた世界最古の都市文明で、初期のメソポタミア文明とされています。

そこで用いられていた暦は「バビロニア暦」と呼ばれるもので、基本的には、月の満ち欠けの周期を基準とした29.5日の月暦(大陰暦)からなっていました。しかし、それだけでは1年=354日となり、実際の季節と暦にずれが生じることから、太陽の動きも加味した暦をつくりあげました。これを「太陰太陽暦」といい、世界中で長きにわたって暦の主流を占めました。日本でも明治になるまで採用されつづけ、いまは「旧暦」と呼ばれています。

当時のシュメール人の知識でつくられたバビロニア暦が、6000年にもわたって踏襲されつづけていることには驚きを隠せません。ほかにもシュメール人は、円の一周が360度であることを知っていましたし、星座も考案していて、いわゆる星占いで出てくる黄道12星座のうち、蟹座、射手座、天秤座を除く九つの星座がほぼ現在の姿でまとめられています。

私が好きなアメリカのテレビ番組「古代の宇宙人」では、「シュメール人は宇宙人だった!」という説まで出ているほどで、宇宙についての彼らの知識や洞察力は、人類の歴史のなかでも異様な高さだったといえます。

さて、暦によって刻まれる「年」「月」「日」は、やがて、60進法によってさらに細分化されていき、「時」「分」「秒」という、いわゆる時間の単位が生まれます。

では、暦の最小単位である「秒」の最も古い定義は何か、みなさんご存じでしょうか。それは「心臓の鼓動」の長さでした。ただ、秒の比較的、正確な測り方としては、腕の長さ程度(まあ1メートルほどです)の棒を振り子にして、反対側に振れるまでが、意外なことにちょうど1秒になります。

現在では、セシウムを利用した原子時計をもとに、国際単位として秒が定義されていますが、近い将来には、「定義づけ」の仕事は「光格子」が引き継ぐでしょう。しかし、さらに遠い将来には、この仕事はパルサーという天体にもっていかれる可能性があります。

【写真】パルサー(PSR B1853+01)
  パルサー「PSR B1853+01」を欧州宇宙機関(ESA)がとらえた画像。パルスの発生間隔が非常に安定している photo by gettyimages

光格子の誤差は100億年に1秒ですが、パルサーは原理的には100億年で0.001秒。精度が桁違いなのです。すでにパルサーによる定義を採用している宇宙人も、どこか遠くの星にいるかもしれません。