いま、人間の社会から
身体性が失われている

自粛が始まってからしばらくの間はよくニュースやワイドショーをつけていたのですが、各番組で毎日のようにいろいろな動画が紹介されていて、だんだんとその中に踊りの動画がないことに気づいたんです。うちは同じマンションに親族が住んでおりまして、姪たちとそんな話をしているときに「面白いアプリがあるんだよ」とTikTokを教えてくれたのです。

そこで観たものの多くはいわゆる“おもしろ動画”や“ちょっと真似できそうなカッコいい瞬間”を切り取ったもので、本当のダンスの面白さや斬新さがあるものではありませんでした。そして、YouTubeなどでも検索してみましたが、自粛一ヶ月目のその時期に目立ったものはほとんどありませんでした。

撮影/森清

そこで気づいたのは、今の時代のダンスを取り巻く環境です。もしかしたら今の日本では一般的に「ダンス」といえば、プロのダンサーの創造的なものではなくて、歌の後ろでバックダンサーたちが踊るダンスや、自分自身が楽しめるダンスのことを指すのかもしれないと感じたのです。バレリーナを引退してからは「踊り」について考える機会もありませんでしたが、引退してからの10年間の時代の変化に愕然としてしまいました

-AD-

いま、人間の社会そのものから身体性がすごく失われていると思うんです。日常的な買い物や食事だってネットで注文したり、動かないでできることがとっても多くなったでしょう? しかも新型コロナによってリモートワークが進んで、仕事の多くもスマホやパソコンで済ませられる。私でさえ、パソコンの前に座っていることがとても多くなりました。好き嫌いにかかわらず、情報の多くがネット上でやりとりされているから、それを使いこなせなければメインストリームに入っていくことができません。

でも、「踊り」は究極的にアナログの世界なんです。人が身体ひとつで表現するものだから。YouTubeでいくら踊りの舞台中継を配信しても、なかなかその神髄が伝わらない。ちょっと前までは、だからこそ劇場に足を運ぶ価値があるんだ、という人達が一定数いましたが、ネットの普及によって価値が大きく変わってきているのではないでしょうか

撮影/森清

身近なもの、わかりやすいもの、だれもが踊れるもの、まねできるもの、それ以外は世間の情報のなかにも入れてもらえないような……大げさではなく、それが世間一般の価値観になってしまっているのではないかと感じてしまいました。

私の若い頃はバブル期でもあったので、様々な国の一流の舞台芸術、絵画などを日本で観ることができました。日本もお金がたくさんあったし、そうやってお金を使うことがブームだったのだと思います。ふと、あのときに芸術に触れていた人たちは、今どこにいるのだろうか?と頭をよぎりました。

そして、このままじゃ、「踊り」という表現ジャンルそのものがなくなってしまうのかも……と、それくらいの危機感さえ覚えたのです。そして、こんなときだからこそ「これこそが“踊り”だ!」っていうことをわかりやすく伝える動画を作りたいと思ったのです。