「中国の香港政策に口出しするな」「植民地時代はもっとヒドかった」のウソ

「愛国と批判」の精神が輝いていた
ふるまい よしこ プロフィール

傷ついた香港人の自尊心

「植民地だった香港が今より自由だったり、幸せだったわけがない」と信じる方には、草思社刊『香港はなぜ戦っているのか』の一読をお薦めする。

著者の李怡氏は香港の著名ジャーナリストで、1940年代に中国広東省から移住して以来、香港を見つめ続けてきた。国民党支持から共産党支持へ転じた家庭で育ち、1970年代の香港で中国左派から資金支援を受けて政治評論誌「七十年代」を創刊。その後資金がストップしたのを期に、1980年代には雑誌を「九十年代」と改名して反共へと路線変更し、1998年まで発行を続けた。

 

同書は香港紙に連載されている李氏のコラムから2013年までのものをまとめたもの。2014年の雨傘運動前夜までの社会の動きと庶民の思いが論評されている。林鄭長官の前任者、梁振英氏がその政策を大きく中国に傾斜させた結果、香港庶民が不満を感じるようになった軌跡を知ることができる。この頃の香港に日本メディアはほとんど関心を払わず、また現在の記者たちも当時を知る人がほとんどいないため、非常に貴重な記録だろう。

一部を紹介しよう。(以下、《》は同書からの引用、//は改行を示す。)

李氏は、「主権返還後、特区政府は人々の懐旧の念を起こさせる痕跡を一つ一つ抹消していった。その後外国人が見たのは街じゅうにあふれる大陸の観光客や、外国とまったく区別のないようなショッピングモールの単一化で、それらは彼らの買い物の意欲にも影響した」と語る。一方で大陸客(中国からの観光客)相手一辺倒となったことにより、海外からの視線が香港を素通りするようになったことが、香港人の自尊心を大きく傷つけたと指摘する。

《三〇年前の香港を振り返ると、当時の香港はアジアの四匹の龍のなかでトップの地位にあり、香港に居住する人は本地人(土着の人間)であろうとなかろうと、みな法律上の権利をもち、香港における清廉、高い効率、低い税金、便利さ、いかなる事をおこなうにもルールを守る規律性を享受した。そこは高度の現代化された文明を備える場所であった。》