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「好きなこと」を仕事にしてもハラスメントに黙る必要はない

「アップリンク問題」で蘇った記憶

人はなぜか、最初の就職活動や学校を出てはじめて働いた場所での経験を、その後どれほど時間が経ってもずっと覚えている。私にとってのそれは、最初の就職先であるテレビ番組制作会社で過ごした5年間だ。

大学を出て意気揚々と入社し、はじめに1か月間の研修を受けた。研修には、社内・社外の活躍しているディレクターやプロデューサー、業界の重鎮たちから個別に話を聞けるというプログラムがあった。
そのうちの一人は、私も学生時代から作品を観ていた世界的な映画監督だった。その監督と新入社員の同期4人だけで、テレビの仕事と映画の仕事の違い、仕事を続ける上での心得、若い頃の苦労話などを何時間も聞いた。いま振り返っても贅沢な研修である。

著名監督が作っていた「いつか殺すノート」

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ただ、私の心に深く刻まれ、今まで何度も思い出してきたのは、そこで聞いた話のごく一部だ。おおよそこんな内容だった。もう十数年前のことで、私の記憶は気づかないうちに改変されている可能性もある。それを前提に読んでもらいたい。

アシスタントをしていた頃、そしてディレクターとして「デビュー」した後も、ロケ中や編集中に上司から暴力を振るわれたり、番組の社内試写でプロデューサーから灰皿を投げられたりすることは日常茶飯事だった。
そういう辛い理不尽な目に遭うたび、暴力・暴言を浴びせてきた相手の名前を「いつか殺すノート」にリストアップして耐え忍んだ。ノートはどんどん膨らんでいった。何十年経っても、そこに書いた名前を忘れることはない。

 

話をしてくれた監督は、いわゆる「リベラル」で良識的な文化人として知られる人である。穏やかなその人が「殺す」という不穏当な言葉で、若い頃から仕事上の暴力に耐えていたことに、新入社員の私たちは衝撃を受けた。

もちろん、テレビの制作現場がそのような実態であることは入社前からある程度は知っていたし、過去はもっと酷かったという話は、折に触れてベテラン社員の笑い話や「武勇伝」としてすでに聞かされていた。だからあらためて、これほどの人でもそういう経験を経てきたのか、とも思った。