人による、だから相手に聞けばいい

ちなみに、編集者・ライターの間での永遠(?)のテーマが、SNSでもよく話題になる「原稿をWordで送るかテキストファイルで送るか」問題。
修正箇所の共有ができるのはワード、そのまま入稿できるのはテキストだ(最近だとグーグルドキュメントで共有という手段もあるが、そこまで多くないので省略する)。ただこれは、家の賃貸&購入問題同様、昔からずっと議論されている、イコール、それぞれの環境、嗜好によるもので、はっきりとした正解はないということだと解釈している。

ここまで書いてきて改めて思った。不便に感じることがあれば、相手に伝えればいいし、疑問や不安に感じることがあれば、相手に聞いてしまえばいいと思う。もちろん、それができないシチュエーションもあるだろうけれど、相手も無意識でやっていることがほとんどなのではないだろうか。そして、私が失礼、というか手間をかけさせてしまうことをしていたら、ぜひ教えていただきたい。

それまでメールを中心にやりとりしていた人から、「FBのメッセンジャーがいちばん早く対応できるので、今後、日程などのやりとりはメッセンジャーでお願いします」と依頼されたことがある。以来、その人への連絡はメッセンジャー一本だ。

一緒に仕事をするようになってすぐに、「PCメールを携帯に転送している人も多いので伺いますが、夜中にPCにメールしても大丈夫ですか。メールを差し上げてもいい時間帯を教えてください」と聞いてくれた人もいる。

仕事ではLINEを使わない、LINEは家族間だけで使用することにしていると、LINEでつながることをきっぱり拒否する人も少なくない。それでいいと思う。

要は、これだけコミュニケーションツールが充実しているのだから便利に使い分けましょ、もちろん、相手の利便性をおもんばかるのもお忘れなくってことに尽きると思う。

余談だが、私はスケジュールの管理はまだ手帳でやっている。「iPhoneカレンダー」に移行しようと思ったが、数日で挫折した。きっとネットの世界には、私の知らない、超便利な機能がたくさんあると確信している。だからといって、絶対アナログじゃなきゃ嫌だとかこだわりがあるわけではない。

頑なにスクショで送っている人も、「絶対スクショじゃなきゃ送れない」「そんな時間絶対にない」「自分で調べろよ、けっ」ってことじゃないのだろう。それが自分にとって簡単だし、自分がスクショで送られてもまったく問題ない、なぜそれほどスクショを否定するのかわらないと、軽い気持ちで送っているだけのはずだ。でも、もしそれが相手にとって「不便」だとしたら、「スクショじゃない方が嬉しい」のだとしたら──? 

若者であってもなくても、「どうせなら相手が楽だと喜んでくれるほうがいいな」と考え、そして、そのわずかな「ひと手間」で相手が喜んでくれると想像することができれば、ちょっとだけ、見える景色が変わってくるのではないだろうか。

編集部注:この記事は、元の「スクショに関するTweet」をきっかけとして、「想像力を働かせずに相手に楽になるようなやり方ができていない現状」をどのように変えていけばよいかというものを伝えたものです。元のTweetそのものが「社会問題」をあらわすニュースだと感じ、もとのTweetを「スクショ」して掲載してしまいました。また、アシスタントさんとの関係性を推測で書いた一文もありました。ご本人より、Tweetを無断で掲載しないで欲しい旨、そしてご自身とアシスタントさんとの関係性を取材せずに推測で書くことはやめて欲しい旨のご意見をいただき、当該部分を削除いたしました。元のTweetをお書きになられた方に心よりお詫び申し上げます。

編集部としても反省し、想像力を働かせながら、誰もが心地よく生活できる社会にできるような記事を作成してまいりたいと思います(2020年7月13日)。
オフィスではSlackやメールを使うとしていたとしても、個々の連絡は互いに楽なやり方になることだってある。「相手のやりやすさ」にちょっと思いを馳せるだけで、関係性もぐっと変わり、互いの仕事のやりやすさにつながるはずだ(写真はイメージです。写真の人物は本文と関係ありません) Photo by iStock