ヘルシーな美貌で大人気「異色のアイドル」南沙織がかわいすぎた…!

ハートを掴まれたままのファンたち
週刊現代 プロフィール

前出・齋藤氏は言う。

「やはり、他のアイドルはどうしても誰かの言葉を『歌っている』感が抜けません。南沙織も作詞家の書いた詞を歌っているのは同じなのですが、『歌わされている感』がない。いい意味で、身の丈そのままを表現した曲に恵まれていたんです。

また、デビューから少し経った頃の南沙織の発声には、彼女にしかない『沙織節』があったように感じました。声の使い方や、バイリンガル独特の日本語の発音やリズムが『沙織節』なんですが、具体的な特徴はうまく言語化できません。それでも、少し聴けば彼女の声だと思い出せる。これも南沙織だけが持っている魅力でしょう」

山口とは対照的に、同年代のファンが純粋に共感できる歌詞を南は歌い続けた。ただ、いつまでも『17才』の詞で浮かぶ彼女のイメージのままではなかった。

「『色づく街』あたりから、彼女の雰囲気が少し変わり、どんどん歌がうまくなっていったんです。そのぶん、デビューしたての頃のキラキラした感じは、少しずつ薄れていったように思えます」(前出・石破氏)

「傷つく時代」(1973年5月21日発売)
 

'74年、南はデビュー前から通っていた沖縄のインターナショナルスクールを5年かけて卒業、上智大学に進学を決める。ちょうど二十歳になった年だ。

「当時、芸能界に入るのは他を捨て、生涯を捧げることだとされていました。郷ひろみさんが大学受験に挑戦すると発表しただけで、大騒ぎになったくらいでしたからね。

ところが沙織さんには、生涯を芸能界に捧げるという感覚が最初からない。それどころか、アイドルと学業の両立に悩んでいることを、インタビューや対談で普通に話すこともあった。その姿がかえって、作り上げられたアイドル像ではないように映りました」(前出・永井氏)