ヘルシーな美貌で大人気「異色のアイドル」南沙織がかわいすぎた…!

ハートを掴まれたままのファンたち
週刊現代 プロフィール

元自民党幹事長の石破茂氏も、当時の南沙織の印象をこう振り返る。

「それまで私が見ていたのは、『日活三人娘』と呼ばれた吉永小百合、松原智恵子、和泉雅子のような、『憧れの銀幕スター』でした。テレビにも出ていた方々ですが、あくまで映画館におカネを払って見に行く存在でしたね。

一方、南沙織のような歌手はテレビで見ることができる。現実には届きませんが、『ひょっとしたら届くかもしれない』とファンに幻想を抱かせる、まさに『偶像(アイドル)』だったのです」

デビュー当初、彼女の芸名は「南陽子」になるはずだった。ところが『17才』を作詞した有馬三恵子のアイディアにより、「沙織」と改められた経緯がある。

前出の齋藤氏は、「沙織」という名前が、彼女のエキゾチックな印象をさらに引き立てたと考察する。

「陽子も素敵な名前ですが、どうしても『子』がつくと日本人の女性、という印象が強まります。反対に、『沙』を使うのは、当時としては新鮮な印象があり、『沙織』はどことなく外国人の名前に通じる響きです。まさに、『南の島からやってきた少女』というイメージを引き立てた大きな要素だと思います」

「哀愁のページ」(1972年9月21日発売)
 

南がデビューした翌年の'72年、沖縄の日本返還が果たされる。世間では一種の「沖縄ブーム」が起こったものの、実際に沖縄へ行った経験がある人は、今ほど多くなかった。そのうえ、沖縄のニュースは歴史的背景や政治的な内容がメインで、決して明るい話題ばかりではなかった。