7月 13日 イタリアの化学者、カニッツァーロ誕生(1826年)

科学 今日はこんな日

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"サイエンス365days" は、あの科学者が生まれた、あの現象が発見された、など科学に関する歴史的な出来事を紹介するコーナーです。

1826年の今日、イタリアの化学者スタニズラオ・カニッツァーロ(Stanislao Cannizzaro、1826-1910)が誕生しました。彼は、今では当たり前のように使われている「アボガドロの法則」を実証したことで名高い人物です。

スタニズラオ・カニッツァーロ Illustration by Getty Images

 〈8月 9日 イタリアの物理学者アボガドロが生まれる(1776年)〉

観光スポットとしても人気が高いシチリア島の最大都市パレルモ(Palermo)に生まれた彼は、何とパレルモの警察庁長官の息子でした。彼はパレルモ大学で医学を学び、さらにピサ大学で化学を学んで、化学者の道に進みます。

当初は医者になることも考えていたカニッツァーロでしたが、化学者を選んだことは間違いではありませんでした。その証拠に、彼はわずか27歳にして自らの名が冠される化学反応を発見したのです。

 

アルデヒドをNaOH水溶液中で加熱すると、一部の例外を除いて等量のアルコールとカルボン酸が得られます。この化学反応は、発見したカニッツァーロにちなんで「カニッツァーロ反応」と呼ばれているのです。

カニッツァーロ反応

さらに、20代の若さでジェノヴァ大学の教職についていた彼は、初等化学の講義を受け持ちます。そこで、同じ容積の気体には同じだけの粒子が存在することを仮定すれば原子量や分子が正しく定義できると主張しました。ここで前提になった「等容積等粒子数」こそが、現在「アボガドロの法則」として知られているものの原型です。しかし、当時この法則の重要性は化学界では認められていなかったのです。

彼は、この講義の概要をまとめた著書『化学哲学講義要綱』を1858年に出版しました。そして、2年後に世界中の化学者がカールスルーエに集って第一回国際化学会議が開催されると、これを配布したのです。これによって長年論じられてきた原子量の定義についての問題は解決し、アボガドロの法則もようやく評価されたのです。

こうして30代半ばで化学史上に残る業績をあげたカニッツァーロは、学生時代にシチリア独立運動に参加するなど自由主義者としても知られていました。1870年代以降は、イタリアの名だたる大学で教鞭を振るいながら議員としても活動しています。