もはや「日曜午後の顔」!23年間ブレない名アシスタント・山瀬まみ

サザエさん、笑点と並ぶ圧倒的な安定感
堀井 憲一郎 プロフィール

いまでもすごく覚えているのは、ゲストの新婚さんがとても貧乏で、たぶん親に反対されて駆け落ち同様に結婚したというカップルだったとおもうけど、ほんとに昭和の貧乏生活そのものを送っている若夫婦はろくに家具も持っておらず、当時は「ペアマッチ」という16枚のパネルを“神経衰弱ゲーム方式”で開けていって揃えばその賞品をもらえるというコーナーがあったのだが、まあ、神経衰弱ですから、一度開けたパネルがどこにあったか、というのがうろ覚えだったりするのが見どころで、そのビンボーな若夫婦が前に出たパネルが何番かわからなくなったとき、シェパードさんは小さい声で「4、4」と教えていたシーンをとてもよく覚えている。小さい声でもマイクは拾いますけどね。

教えちゃいけないけれど、あまりに貧乏だからつい、というこの40年前の人情噺的なシーンは、いまもおもいだすことがある。

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まだ三枝が若かった最初の10年は、アシスタントは(だいたい)三枝と同年代だった。

それに当時は新婚さんも若かった。

新婚さんというのは20代だとみんな何となくおもっていた時代だった。たまに10代の若妻が登場してきたり、40代男性の新婚が出てきて驚いたり、というのが昭和のころの日本の風景である。

文枝とアシスタントの年齢差

4代目アシスタントは片平なぎさで、彼女は11年近くアシスタントを務めていた。

梓みちよやジェーン・シェパードは、けっこう前に出てきていた印象があるのだが、彼女からはちょっと引いた感じになる。ひとつは三枝との年令が開いてきたからだろう。片平なぎさは三枝の16歳下。

もちろん引きっぱなしではなくて、話題によっては引っ張っていくこともあるし、また、三枝が引けば,前に出ることもあった(ボケればツッコミじみたことをやる、ということ)。

そのへんの「ほどのよさ」がよかったとおもう。20代なのに呼吸の具合がよくて、そのあたりで片平なぎさは三枝にはまっていたのだろう。