2045年、人工知能の「シンギュラリティ」で人類は滅びるか?

AIが増幅する人間の「脆弱性」
茂木 健一郎 プロフィール

チューリングが挑んだ「エニグマ」

人工知能は、人類にとっての技術的成果、便利な道具というだけでなく、私たちにとってのさまざまな「真実」を映し出す「鏡」である。

そして、私たちにとって大切な「真実」は、この宇宙の進行の中に巧みに隠されているのかもしれない。

 

現代の文明を支えている科学技術の一つに「暗号」、及びそれを支える「暗号理論」がある。インターネット上のショッピングでクレジットカード番号を入れたりする時にも、それを暗号化して伝送する技術が確立して(今のところ破られない状態で)いるから安心して取引できる。

暗号は、第二次世界大戦中にも生死を左右するような重要な意味を持った。

ドイツ軍が使用した暗号「エニグマ」は、イギリスから見れば、敵の動向を察知するためにどうしても解読したい対象だった。

暗号解読のプロジェクトチームが組織され、イギリスの丘陵地帯のミルトン・キーンズにある邸宅、ブレッチリー・パークに拠点が置かれた。ここで、今日のコンピュータの原型となるモデル、「チューリングマシン」を考案した天才数学者、アラン・チューリングを含む精鋭部隊がエニグマの解読に取り組んだ。

アラン・チューリング(photo by gettyimages)

チューリングを始めとするチームがエニグマを解読したことが、ドイツに対するイギリスの、そして連合国側の勝利において重大な意味を持ったとされている。エニグマを解読したことで、ドイツ軍がイギリス国内のどこを空爆するかはすべて筒抜けになった。

ところが、解読の事実をドイツ軍に悟られないために、イギリス側は目的地の幾つかは「知らない」ふりをして空爆されるに任せたのだという。自国民を犠牲にしても勝利しようとする、戦争における「計算」の冷徹さを伝えるエピソードである。

戦争終了後、チューリングは、本来、イギリスを勝利に導いた英雄の一人として讃えられるべきだった。ところが、チューリングが受けた仕打ちは不当で過酷なものだった。

アラン・チューリングは、同性愛者だった。今となっては考えられないことだが、当時のイギリスでは同性愛は「犯罪」だった。チューリングは告発され、有罪となり、ホルモン注射の「治療」を受けた。

このことを気に病んだのか、チューリングは41歳の若さで、青酸化合物を服毒して自殺してしまった。倒れて見つかったチューリングの近くにはかじったりんごが落ちており、好きだった『白雪姫』のシーンを模倣したのではないかとも言われている。

近年になってチューリングに着せられた汚名を取り除く動きがあった。2009年には、当時のゴードン・ブラウン首相がチューリングの受けたひどい扱いについてイギリス政府を代表して公式に謝罪した。

2013年には、エリザベス女王によって、名誉回復が行われた。また、2021年末に発行される新しい50ポンド札にチューリングの肖像画が採用されることが決まった。

人工知能の反逆を描いた『2001年宇宙の旅』

アラン・チューリングとともにエニグマ解読に取り組んだメンバーの一人が、数学者のI・J・グッドだった。グッドは長生きして、2009年に92歳の生涯を閉じた。グッドは、スタンリー・キューブリック監督の映画『2001年宇宙の旅』において相談役をつとめた。

この映画では、スーパーコンピュータの「HAL 9000」が人類に反逆する。今日の人工知能ブームにおいて懸念されていることを先取りしたかのようなコンセプトづくりに、グッドの人工知能に関する考えが投影されていた。

『2001年宇宙の旅』は、キューブリックとSF作家のアーサー・C・クラークが組むという豪華な制作体制だった。クラークが原作となる小説を書くと同時に、キューブリックによる撮影が進んだ。

公開当時は賛否両論のある作品だったが、今日ではSF映画としてだけでなく、すべての映画ジャンルの中でも歴史上最高傑作の一つだと考えられている。グッドも、『2001年宇宙の旅』の功績が認められて、アカデミー賞の選考母体である「映画芸術科学アカデミー」の会員に選ばれた。

グッドは、今日盛んに喧伝されている人工知能の「シンギュラリティ」という考え方の元々の生みの親である。

1965年に出版された論文の中で、グッドは、今日「知性の爆発」と呼ばれるようになった考えを初めて提唱した。もし、人工知能が人間の手を借りずに自分自身を改変できるようになったら、その後は、人間がコントロールできない形で爆発的に知性が向上することになる。やがて、人間の知性も超えて、「特異点」を迎える。

もし、このような知性の爆発に至るような自己改良できる人工知能を開発したら、それは人類にとっての「最後の発明」になる。何故ならば、その後はシンギュラリティを迎えた人工知能がすべての研究開発の代行をしてくれるからだ。

また、グッドは、高度に発達した人工知能によって人類が絶滅に至る可能性を憂慮していたらしく、その意味でも「最後の発明」と考えていた節がある。

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