photo by iStock

2045年、人工知能の「シンギュラリティ」で人類は滅びるか?

AIが増幅する人間の「脆弱性」
近年、目覚ましい進展を見せる人工知能(AI)の研究。スマートスピーカーや家電などさまざまな場面で活躍するAIですが、その進化が将来的に人類を脅かす危険性も指摘されています。2045年に起こるといわれる「シンギュラリティ」とは? 人工知能は人類にとって脅威となるのか? 脳科学者・茂木健一郎氏の最新刊『クオリアと人工意識』から解説します。

2045年にシンギュラリティは起こるか?

人工知能の研究においては、しばしば、「シンギュラリティ」ないしは「技術的特異点」ということが言われる。シンギュラリティにおいて、人工知能の知性が人間を超えるとも言われている。

 

しばしば、「2045年にシンギュラリティが起こる」とされるが、これは、文字認識などの技術の開発で知られ、未来についてもさまざまな予言をしてきたアメリカの発明家で未来学者のレイ・カーツワイルが、人工知能の能力が人間を超える時期として予言したのが元である。

レイ・カーツワイル(photo by gettyimages)

カーツワイルの説を受けて、さまざまな論者が、「2045年シンギュラリティ説」に言及し、メディアでも取り上げられることが多い。

もっとも、このような予言は、話半分で聞いておけばよい類のことである。量子力学の創始者の一人、デンマークの物理学者ニールス・ボーアのものとされる「格言」に、次のようなものがある。

「予言をするのは難しい。特に未来については」

「予言」が元々「未来」に関するものであるのは前提とした上で、敢えてユーモラスに予言の難しさを語ったものである。

常識的に考えて、2045年までの世界がどのように変化していくか、予想ができるはずがない。世界は至るところに「1+1」が「2」にならない「非線形性」があり、少し先の変化でさえ見通せない。

「同時多発テロ」や、「新型コロナウイルス」(SARS-CoV-2)などの、専門家でさえ予想しきれない「ブラックスワン」と呼ばれる現象もある。

カーツワイルがすぐれた技術者、ヴィジョナリーであることは確かである。また、シンギュラリティの論者たちの中に知性や感性にすぐれた人が多いことも事実である。

しかし、2045年にシンギュラリティが起こるということが確定しているわけではもちろんない。そもそも、人工知能が人間を超えるということの定義も明らかではない。

人工知能は私たちにとっての「鏡」である

それでも、シンギュラリティという考え方や、それが2045年に来るという未来像に人々が惹きつけられるのは、人工知能がそれだけ私たち人間にとって「鏡」のような存在だからである。

人工知能は、そのうち自律的になるかもしれないし、独自の進化を遂げ始めるかもしれないけれども、今のところ、私たち人間がつくった「道具」である。

「道具」としての人工知能は、私たち人間にとって何が大切なのか、どのような属性が私たち人間の「本質」なのか、そのような自己像を映し出す。だからこそ、人工知能は私たちにとっての「鏡」である。

それがコンピュータとして実装されるにせよ、ロボットに応用されるにせよ、そのようにして実体化される人工知能を何に使おうとするのかということに、私たちの人間観、世界観が顕れる。

私たち人間の本質は、「知性」なのか、それとも「意識」なのか。私たちの偉大なる成果は、「科学」なのか、「技術」なのか、それとも「芸術」なのか。

人工知能には何が可能なのか、人工知能に何をやらせるのかというヴィジョンの中に、私たちが自分自身の本質をどこに置くのかという哲学が映されている。そして、知性や意識の本質といった問いの究極の延長線上に、この宇宙はなぜあるのか、存在の意義は何かといったミステリーが浮かび上がってくる。

その向こうには、「神」の幻影すら見え隠れする。そこには、「人工知能の神学」
とでも言うべき思考の領域がある。

私たちは、人工知能という「鏡」の中に、「知性」を映すのか、「意識」の影を見るのか、それとも「神」の兆しを感じ取るのか。

「人工知能の神学」の中に、私たち人類にとって本質的なさまざまな問題が潜んでいる。