ラッコが消えれば海が死ぬ――たった一種の絶滅が招く生態系の崩壊

私たちは自分の首を絞めているのか?
山田 俊弘 プロフィール

生態系機能の低下はどのようにして起こるのか

それでは、生物多様性の喪失に伴い、生態系はどのような運命をたどる(どのようにして機能を低下させる)のでしょうか?

生態学者は、生物多様性の喪失に伴う生態系の劣化に関して、いくつかのモデルを提示しています。ここでは、その中で最も有名な“リベット説”を紹介しましょう。

リベット説は、生態系をジェンガにたとえるとわかりやすくなります。

ジェンガというのは、直方体のパーツを組んでつくったタワーを崩さないように注意しながら、片手でタワーからパーツのひとつを抜き取り、それを最上段に積み上げる、という動作を交代で行うゲームです。タワーを崩したプレーヤーが負けです。

生態系はジェンガにたとえるとわかりやすい photo by nevarpp/iStock

「このピースを抜き取っても、たいした影響はないだろう」などと予想しながらゲームを進めますが、予想に反してタワーが崩れたりするところがジェンガの醍醐味です。

ここでは、タワー全体が生態系に相当し、タワーの崩壊は生態系の消失を意味します。当然、生態系機能も失われます。そして、タワーをつくる各パーツが、生態系を構成する個々の種に該当します。つまり、パーツの抜き取りは、生態系からの種の喪失を意味するのです。

なお、このジェンガは特別ルールです。タワーから抜き取られたパーツは、最上段には積み上げません。つまり、一度喪失した種はその生態系に戻ってこられないということです。

 

最初の1パーツを抜き去っただけでタワーが崩れることは、まずないでしょう。生態系からある1種が失われたとしても、(生態系機能の低下は起こりますが)それにより生態系が直ちに崩壊することは(まず)ないということです。

しかし、さらにパーツを抜き取り続ければ、いずれタワーはバランスを失い崩壊します。

ジェンガのタワーの崩壊のごとく、生態系から種が失われ続ければ、いつか、突如として生態系が崩壊するという考えがリベット説です。

そのピースがカギだったのか!?

生物多様性の喪失が生態系を崩壊させた実際の例も紹介しましょう。

先ほどは、「生態系からある1種が失われたとしても、それにより生態系が直ちに崩壊することは(まず)ない」と説明しましたが、例外があります。キーストーン種の喪失です。

アーチ状の石橋を想像してください。“キーストーン”とはアーチの頂上にはめられる石のことで、これを取り除くと、石橋は崩れてしまいます。生態学者は、生態系にもキーストーンの役割を果たしている種がいて、それがいなくなると、生態系に大きな変化が起きる(最悪の場合、崩壊する)と考えています。

キーストーン photo by Christopher Hope-Fitch/gettyimages

アメリカのデビット・ドゥギンズ博士は世界で最も有名なキーストーン種を見つけました。ラッコです。

アラスカから南カリフォルニアまでにかけて、その海岸周辺にはかつて、ケルプ(コンブに似た大型の海草の総称)が骨格をつくる生態系(ケルプ生態系)がひろがっていました。そこにはラッコが生息していました。

18世紀になると、ヨーロッパの人々や入植者により、北米の西海岸でラッコの乱獲がはじまりました。当時、ラッコの毛皮が高値で取引されたからです(図3)。乱獲の結果、19世紀末には、ラッコは絶滅寸前にまで追い込まれました(現在も絶滅危惧種に指定されています)。

ケルプとラッコ photo by VW Pics/gettyimages
図3 ロンドン毛皮市場における20世紀初頭までのラッコの毛皮の取引数。1880年代後半からの取引数の激減は、野生のラッコの個体数の減少を反映している。20世紀に入ると、野生のラッコの個体数は2000頭以下となり、絶滅が間近となった。これを受け、1911年にラッコなどの保護に関する条約が結ばれ、ラッコ猟が停止された。現在、ラッコの個体数は10万頭以上まで回復したが、依然として絶滅危惧種に指定されたままである。

すると、まったく想像もつかなかったことが起こりはじめました。ラッコの消失とともに、ケルプ生態系自体が姿を消しはじめたのです。

ケルプ生態系崩壊の理由は単純でした。

ラッコがいなくなった海では、ウニが爆発的に増えました。ラッコの主食はウニで、ラッコがウニの増加を抑える役割を担っていたのです。そして、ウニはケルプを食べます。つまり、ラッコがいなくなったことによりウニが大発生し、ケルプが食い尽くされてしまったのでした。

ラッコのいなくなった海には、こうして“ウニの荒野”がひろがりました。この歴史から、ラッコはケルプ生態系のキーストーン種だったことがわかります。

この例からもわかるように、やっかいなのは、どの種がキーストーン種なのかわかりづらいところです。ケルプ生態系の例でも、人類は、ラッコが絶滅寸前まで個体数を減らして初めて、キーストーン種であることに気がつきました。