ラッコが消えれば海が死ぬ――たった一種の絶滅が招く生態系の崩壊

私たちは自分の首を絞めているのか?
山田 俊弘 プロフィール

ここならば、誰にも負けない

生態学者は、生物多様性の高い生態系ほど、生態系機能も高い(したがって、ヒトが受ける生態系サービスも大きい)と考えています。その理由を理解するには、 “ニッチ(生態的地位)”の概念を知る必要があります。

もともとは生態学の分野で使われていた言葉ですが、“ニッチ”は今ではビジネス用語として社会に浸透してきた感があります。ビジネスにおいては、各会社が他社との競争で優位に立てる得意事業、といった意味で“ニッチ”という言葉が使われているようです。

生態学におけるニッチとは、ひとつの種の生存に必要な環境(たとえば、空間や餌資源など)を指します。生態系内では、あらゆる種がほかの種とは異なる独特のニッチを占有しています。つまり、同じ生態系に生きる2つ以上の種が「完全に同じニッチ」を利用することはありません。そして生態学者は、あるニッチをどの種が占有するかは、各種がそのニッチをどれだけ効率よく利用できるかで決まると考えます。

ビジネス用語のニッチと同様、生態学でも、ある種にとって「ここならば、誰にも負けない」環境がニッチとよばれるのです。

「ある種はほかの種とは異なったニッチを利用する」

この考えを念頭に置きながら、生態系を眺めてみましょう。生物多様性と生態系機能の関係が理解できるはずです。

 

多様なニッチを効率よく利用するには?

生態系内の環境は一様ではなく、不均一です。たとえば森林(生態系)を考えてみましょう。森林には、暗い木陰や日差しが入り込む明るい場所、湿った谷や乾いた尾根などが混在しています。ひとつの森林という生態系に多様な環境があるということです。

生態系内に現れる種は、生態系内の様々な環境のうち、自分に合った環境(ニッチ)を占める(利用する)ことになります。逆に、生態系内に自分に合った環境(ニッチ)が存在しない種は、その生態系には侵入できません。

先に述べたとおり、ある生態系に現れる種は、ほかの種とは異なるニッチを利用します。見方を変えれば、「ある種が苦手とする環境は、ほかの種の得意な(ニッチとする)環境になっている」と捉えられます。

つまり、同じ生態系に現れる種どうしの間にはニッチをめぐる相補的な関係があり、異なる種どうしがお互いの不得意な分野(環境)を補い合っているのです。“ニッチ相補性”と呼ばれる考えです。

ニッチ相補性の考えにしたがうと、生態系内で種が増えれば、それだけその系内の環境が効率的に利用されると結論できます。これが、生物多様性の高い生態系ほど生態系機能も高くなる(と生態学者が考える)理由です。

生物多様性の高い生態系ほど生態系機能が高いことを示す実例も紹介しましょう。デビッド・ティルマン博士らによる、アメリカ・ミネソタ州シーダークリークでの植物種数に関する野外操作実験です。

彼らは、種数を変えて播種した9メートル×9メートルの小区画を多数準備し(写真1)、その生産力(単位面積・時間あたりの物質生産量)を比較しました。そしてこの実験により、植物の種数が多い小区画ほど生産力が高くなることが見事に証明されたのです(図2)。

写真1 シーダークリーク生態系科学保護区(Cedar Creek Ecosystem Science Reserve)では、342個の小区画(面積は9メートル×9メートル)に、種数を1、2、4、8、16種に変えて植物を播種し、成長が調べられた。実験は1998年、1999年、2000年の3回行われた。(Cedar Creek Ecosystem ScienceのWebサイト〈 https://www.cedarcreek.umn.edu/〉より)
図2 播種された植物の種数と現存量の関係。縦軸の「現存量」は実験終了時点での植物の乾燥重量を指し、生産力(単位面積・時間あたりの物質生産量)の指標となる。播種された植物の種数と現存量の間に正の相関があることがわかる。図中の数字(1998、1999、2000)は実験を行った年を示す(Tilman, D et al. 2002. Plant diversity and composition: effects on productivity and nutrient dynamics of experimental grassland. In Loreau, M. et al. eds., “Biodiversity and Ecosystem Functioning. Synthesis and Perspectives” Oxford University Press, Oxford の図を改変)

ニッチ相補性に則って考えれば、生態系が一部の種を喪失すると、生態系機能は低下します。なぜならば、占有していた種が不在になったニッチを残された別の種が利用できたとしても、失われた種ほど効率的には利用できないからです。