老老介護の末、コロナ禍のなかで妻を喪った財津一郎さんの告白

「ママと生きられて、幸せだったよ」
週刊現代 プロフィール

土下座で求婚

財津さんも、一時はサービスの利用を検討した。しかし、ミドリさんの気持ちを思うと、なかなか踏ん切りがつかなかった。

「介護をするなかで一番苦労したのが、ママをお風呂に入れることでした。抱っこして、浴槽に入れるだけで、汗だくになる。

『人に頼めたらどんなに楽だろう』と考えたことは何度もある。でも、そのたびに『僕以外の人に入浴させられたら、ママはどんな気持ちになるだろうか』と、心苦しさが勝った。結局、最後まで、僕が入浴させました」

なぜ、そこまで身を粉にして、ミドリさんに尽くすことができたのか。

「僕がこうして生きてこられたのは、全部ママのおかげ。若い頃から苦労をかけっぱなしだったママに、最後のご奉公がしたかったんです」

 

俳優として駆け出しだった財津さんが、同じ劇団の舞台女優だったミドリさんと出会ったのは、財津さんが25歳、ミドリさんが29歳のときだった。

「ママは長身で、目のパッチリとした色白美人。おまけに、父は建築家という良家のお嬢さんだった。『こんな素敵な人に出会えることは、もうないだろう』と思ったね」

なんとかミドリさんに近づくきっかけが欲しかった財津さんは、ミドリさんを毎日のように家まで送りとどけた。

ところが、ちょうどその頃、ミドリさんは別の男性との縁談がまとまりかけていた。財津さんは、一か八かの賭けに出る。

「稽古の帰りに、ママに土下座をしたんです。『お願いだから、一緒になってください』ってね。驚いた様子だったけど、はにかみながらうなずいてくれた。おっとりしていて無口。ママの性格は、生涯ずっと変わらなかった」

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