マドンナのプライベートシェフをつとめたマクロビオティックコーチ、西邨マユミさんとのトークショー vol.2

vol.1 はこちらをご覧ください。

プライベートシェフになったきっかけ

内藤: そもそもマユミさんがマドンナさんのお宅で料理をつくるようになったきっかけは何ですか?

西邨:ボストンのマクロビオティックの学校の仲間がハリウッド女優のグイネス・パルトロウさんのお宅のマクロビオティックのシェフをしていたのです。

 その評判を聞いたマドンナは、子供たちの料理も作れるマクロビオティックのシェフを募集していました。

 どれくらいの応募があったかは知りませんが、マクロビオティックで2人の子供を育てた経験があったのは、私だけだったようです。

内藤: それはいつごろですか?

西邨:2001年です。最初は7日間だけのトライアルだったのですが、10日間料理をさせていただきました。「今後とも宜しくお願いします」と言って、失礼しました。それから1ヵ月経ったある日、マドンナのアシスタントから「専属のシェフにならないか?」と連絡が入ったんですね。

内藤: ツアーから参加されたと聞きましたが。

西邨:そうなんです。そのツアーが3ヵ月間だったんですが、そのツアーが終わると今度は、2ヵ月間の映画の撮影ツアーにも来てくれないか? と言われました。

 それが終わって、いよいよ帰れるかなと思ったら、「ロンドンに引っ越すから、いっしょにこないか」と言われたんです。アメリカに暮らす子供たちに相談したら、「ママ、いいんじゃないの?」ということで、それからずるずると7年間もいました(笑)。

内藤: そして、おととしから、また拠点を日本に戻して活動されているのですね?

西邨:マクロビオティックでは、まず10日間でカラダの違いがわかる。そして3ヵ月で血液が変わる。7年目で細胞がすべて変わる、と言われています。7年間勤めて、マドンナファミリーの細胞も入れ替わったから、私の役目はひと段落かな? と思いました。

 それに、私がそもそも、アメリカでマクロビオティックを学んだきっかけは、日本人に教えたいという気持ちがありました。

 日本にマクロビオティックを広めるにも、マドンナのプライベートシェフをしていたという経験は、注目を集めるいいきっかけとなります。

 だから、プライベートシェフは、まずは石の上でも3年という気持ちで、3年はがんばろうと思いました。でも、3年ほどたった6年前は、まだ日本ではマクロビオティックのシェフをしていると言っても、ほとんど振り向いてもらえませんでした。

 その年、初めての本『小さなキッチンの大きな宇宙』で少しずつ私の活動を知っていただけるようになりました。

 そして、2007年末、日本にもっとマクロビオティックを広めたいという理由で、プライベートシェフは一度辞めて、日本に活動拠点を移しました。今でも、マドンナのワールドツアーや大事なイベントの時期は、呼び戻されますが(笑)。

この続きは、プレミアム会員になるとご覧いただけます。
現代ビジネスプレミアム会員になれば、
過去の記事がすべて読み放題!
無料1ヶ月お試しキャンペーン実施中
すでに会員の方はこちら