公平性が欠如した受験システム

だが、この受験を前提にした日本の学歴社会は不完全性が高い。中でも私が特に問題視しているのが、受験を前提にした学歴社会を国づくりにおいて意義のあるものとして機能させるのであれば絶対的に必要な3要素、「受験の公平性」「受験の先にある教育の充実」「高学歴者の社会への視野」が全て欠如している点である。

まず「公平性」についてであるが、これは誰もが平等に教育を受けられるという人権に関わる観点からだけでなく、多様な人がチャンスを得ることで社会の多様性が育まれるという観点からも重要である。しかし残念ながら、今の日本の受験システムはこの公平性を著しく欠いている。そこには様々な原因があるが、私は受験で出題される問題に偏りが強いことが大きな要因の一つだと考えている。

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学校によって違いはあるが、基本的に受験問題の多くは「学校で教科書を勉強するだけでは解くのが難しいが、塾に通ったり家庭教師をつけるなどして学校では行わない特別な対策をすると解ける可能性が高まる」という種類に偏っている。つまり、この特別な対策が出来る環境にある子供が圧倒的に有利なわけである。

そして多くの場合、この特別な対策にはお金がかかる。例えば、もし受験を突破できれば奨学金なども利用して大学に通えるという場合でも(学費や奨学金制度の公平性の欠如もまた大きな問題だが)、受験のための特別な対策の費用が出せなければ、そこに辿り着く可能性は大きく低下してしまう。

このように、今の日本の受験システムでは、学びたい子供に公平なチャンスを与えることができておらず、学費だけでなく受験対策にもお金をかけられる環境下の子供に偏ってチャンスが与えられている。