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暗黒×IDW×海賊…「啓蒙」の後で何を信じるのか?

ランド・ピンカー・グレーバーの戦争

ニック・ランドの「暗黒啓蒙」

ジョージ・フロイド殺害事件(2020年5月25日)を機に米国の根深い黒人差別が改めて告発され、#BlackLivesMatter運動が国際的に注目を集めている。

また日本では、政権与党が政治的意図実現のために進化論を歪めつつ利用したことが、学会による反対声明(6月27日)によって批判されたばかりだ。

そんななか、ニック・ランド『暗黒の啓蒙書』(講談社、2020年5月)は、うってつけのタイミングで翻訳刊行されたということもできる。

なにしろ本書の核をなす議論は、ダーウィンの進化論の帰結として引き出されるものとされる「人間の生物学的多様性」(Human Biological Diversity: HBD)の主張であり、しかもそれが、#BlackLivesMatter運動が生まれるきっかけとなったトレイヴォン・マーティン射殺事件との関係で論じられるのだから。

「人種のことには触れないでくれ、人種のことには触れないでくれ、人種のことには触れないでくれ、頼むから、あぁ頼むから」……。

想像上の読者の声をこうして書きつけ、タブー破りの雰囲気を演出したうえで、ランドは「新反動」の代表的ブロガー、メンシウス・モールドバグ(米国の実業家カーティス・ヤーヴィンの筆名)によるリチャード・ドーキンス批判を引用してみせる。

「いったいなぜドーキンス博士は、新たなるヒト科の成員がまったく同じ神経発達の可能性をもって生まれてくると信じているのか」。

要するに、モールドバグによれば、進化生物学のこの世界的権威は、ダーウィン主義者であるにもかかわらずその科学的帰結を前に尻込みし、人間の本質的な不平等という現実に目を向けようとしていない。

なぜこうなってしまうのか。それはこの優れた科学者が結局のところ、万人の平等を謳う〈普遍主義〉の信仰から逃れられないからだという。

普遍的平等の理念に基づくこの進歩主義的体系を〈大聖堂(カテドラル)〉と名付けて攻撃するモールドバグの理論を紹介しつつ、ランドは18世紀ヨーロッパを起源とする「啓蒙」のプロセスからの「出口(イグジット)」を提案する。

啓蒙においては、人権や民主主義といった普遍的とされる理念が、科学的合理主義の十全な発展を絶えず滞らせずにはいないとみなす彼は、今こそ、近代西洋がもたらしたこの抑圧的な磁場から逃れ去って、新たな道を切り開いていくべきだと説く。

もっとも、ランドによれば、黒人に対する人種主義やヒトラー主義をあえて脱悪魔化し、HBDを掲げるからといって、この「暗黒啓蒙」の提案は「ホワイト・ナショナリズム」を支持するものではない。

自然か環境か、遺伝子主義的決定論か社会構築主義かの二項対立において、〈大聖堂〉に逆らって前者を選び、特定の集団の人種的優越を信じることは、〈大聖堂〉と鏡像関係をなす新たな普遍主義的信仰を選ぶことでしかないから、というのがその理由であるようだ。

真の「出口」は、生物工学による自然それ自体の書き換え――つまり非人間的な「怪物」の生成――の展望がそうした二項対立それ自体を無効化してしまうその先にしかないのだという。

ランドはこうしたいっさいを中国から――つまり、〈大聖堂〉が喧伝する「啓蒙」的価値観など顧みずに野放図な資本主義的発展が進むものとされる、「加速主義」の約束の地から発信している。