フジ・NHKを超え…テレビ東京が「就職したい放送局1位」に輝いた理由

苦節56年にして
高堀 冬彦 プロフィール

オリジナリティーの追求

巻き返しが始まったのは1975年以降。日経の元大物記者で、テレ東の中興の祖である故・中川順氏が社長に就任してから。日経は69年から資本参加していた。

中川氏は他局が消極的だった旅番組などを始めることによって、シニア層の視聴者を掘り起こした。1978年にはやはり他局では考えにくかった『演歌の花道』もスタートさせた。さらに、1979年から2000年まで続いた正月の『12時間超ワイドドラマ』を企画し、成功させた。上々の視聴率を得たのみならず、社への注目度やイメージを上げ、優良スポンサー獲得にも結び付けた。

12時間ドラマは制作費が嵩む時代劇が中心だった。半面、テーマに選んだ物語や主演俳優に視聴者が嫌うと、12時間を棒に振ってしまう可能性もあり、かなりリスキーな番組だった。1981年に社名をテレビ東京に変更したり、テレビ大阪などの系列局を設立したりしたのも中川氏である。

 

中川氏のリスクを恐れない度胸やパイオニア精神、オリジナリティーの追求が今もテレ東の神髄なのではないか。

テレ東は都内に緊急事態宣言が出る前だった3月末、リモートワークの強化に着手し、社員の8割が在宅でも放送継続が可能な体制を築き上げた。中川イズムが受け継がれながら、日経傘下だけに古いビジネススタイルは嫌う。就活生に人気なのは不思議な話ではない。