フジ・NHKを超え…テレビ東京が「就職したい放送局1位」に輝いた理由

苦節56年にして
高堀 冬彦 プロフィール

特殊なテレビ局として生まれて

とはいえ、ここまでの道のりは険しかった。在京キー局の中で一番苦労を強いられた。なにしろ特殊なテレビ局として生まれたのだ。開局は1964年だが、当初は日経傘下ではなく、日本科学技術振興財団のテレビ事業本部として発足した。東京12チャンネルと呼ばれていたものの、それは通称に過ぎなかった。

特殊なテレビ局だから当初は編成も自由には出来なかった。科学技術教育番組を全体の60%、一般教養番組を同15%、教養・報道番組を同25%やるというのが、国との約束だった。これでは利益を上げられるはずがない。科学技術教育番組は同財団が設立した科学技術学園工業高(現・科学技術学園高、東京)のテレビ授業が中心だった。

同財団から独立したのは1973年。ようやく他局と同じ一般総合局へ移行した。1950年代に開局したほかの在京キー局とは、そもそもスタートラインが大きく違ったのだ。

 

現在のテレ東は『妖怪ウォッチJam「妖怪学園Y~Nとの遭遇~」』(金曜午後6時25分)など人気アニメを豊富に持つが、東京12チャンネル時代は資金不足などのため、アニメを自作で制作することも難しかった。 

1967年から80年まで放送されていた伝説的アニメ番組『マンガのくに』(月~土曜、午後6時45分)の場合、作品はすべて再放送。正確に言うと、ほとんどが再々放送だった。他局が米国から買って放送したアニメを、さらに東京12チャンネルが購入し、流していたのだ。このため、当時の子供たちは恐ろしいまでに古い米国製アニメを見せられていた。