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コロナパンデミックでじつは日本に「黄金時代」が到来するワケ

人々が実感する人間性の重要性

日本はオセロ型社会

東京都の1日当たりの新規感染者数が再び100人を超えたと報道されたが、5月16日の記事「歪んだ日本のPCR検査信仰、死者・感染者が少ないのには理由がある」で述べたように、これまでのところ人口に比べた日本の感染者数の少なさは世界でもトップクラスだ。

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しかし、海外での感染状況は悪化しており、感染者数は1000万人を超えた。スペイン風邪では1918年1月から1920年12月までに世界中で5億人(当時の世界人口は約20億人)が感染したとされたから、幸いにもそれには及ばないが、多くのダメージを与えつつある。

社会人になってから、バブル崩壊、アジア通貨危機、ITバブル崩壊、リーマンショックなど色々な「危機」を経験したが、今回のパンデミックはそれとは全く異なった影響を日本や世界に与えると思う。

6月26日の記事「コロナで人生の終末を意識するようになった人に贈る『完全燃焼の心得』」で論じたように「死」は人間にとって特別なものだ。

金のために「他人を殺す」人はいても、「金と引き換えに自分の命を差し出す」人は滅多にいない。

3月16日の記事「『火星人襲来』パニックと武漢肺炎、人々の漠然とした不安の原因は?」で述べたように、被害が少ない日本での騒ぎは過剰にも思えるが、今風に言えば誰もが「自分の命は大切」である。

日本はあまり変わらない安定社会のように見えて、「明治維新」や「戦後」においては、雁の群れが方向を変えるかのように一糸乱れず方向転換した。

雁の群れにはリーダーは存在しない。それぞれの雁が自分の周りの雁の動きを常に観察していて機械的に反応するだけなのだ。つまり、たった数羽ずつの雁の小さな動きが自律的に全体の大きな動きを生みだしているというわけである。

2019年5月6日の記事「『2権分立』という観点から考えてみる、日本という国の継続性」で述べたように、2権分立が基本の日本型社会も、ごく少数の日本人の動きがたくさん集まって大河の流れをつくる。

他の国であれば内乱などの社会的混乱を覚悟しなければならない大変革も、日本では平和的に行われる。

 

「江戸城の無血開城」はあまりにも有名だ。また、日本の敗戦後やってきたGHQは「神風特攻隊」のような勇猛果敢な日本の攻撃に恐れをなしていたのだが、いざ占領して見ると、まるで戦争など無かったかのように戦後復興に一丸となって取り組む日本人の姿に驚かされた。

大規模な混乱がなくても、オセロの盤面の白が一斉に黒に代わるように変化できるのが日本なのである。