7月 7日 第1回パグウォッシュ会議開催(1957年)

科学 今日はこんな日

地球のみなさん、こんにちは。毎度おなじみ、ブルーバックスのシンボルキャラクターです。今日も "サイエンス365days" のコーナーをお届けします。

"サイエンス365days" は、あの科学者が生まれた、あの現象が発見された、など科学に関する歴史的な出来事を紹介するコーナーです。

1957年の今日、カナダで第1回パグウォッシュ会議(Pugwash Conference)が開催されました。

 

核廃絶を願うこの会議に、多くの著名な科学者が出席しました。

第1回パグウォッシュ会議の集合写真。 日本人では朝永振一郎と小川岩雄が写っている Photo by Pugwash Conference on Science and World Affairs

1950年代はアメリカとソビエト連邦(当時)による冷戦真っただ中の時代であり、両国は競うように核兵器の開発を推し進めました。そんな中、自ら生み出した技術が無辜の市民の殺戮に利用されるのを防ぐべく、核兵器への反対を表明する科学者が世界中で現れたのです。

1955年には哲学者のラッセル伯爵(Bertland Russell, Earl Russell、1872-1970)と科学者・アインシュタイン(Albert Einstein、1879-1955)らが核廃絶と科学技術の平和利用を訴えた宣言(「ラッセル=アインシュタイン宣言」)を発表し、1957年4月にはドイツのゲッティンゲンで18人の核物理学者が核兵器開発への不参加を表明しました(「ゲッティンゲン宣言」)。

そして同年7月、カナダ東部・ノバスコシア州にある小さなパグウォッシュ村で、核廃絶を願う22人の科学者が会議を開きました。ノーベル賞受賞者のマックス・ボルン(Max Born、1882-1970)などそうそうたる面々が出そろい、日本からはともにノーベル賞受賞者となる湯川秀樹(ゆかわ・ひでき、1907-1980)や朝永振一郎(ともなが・しんいちろう、1906-1979)らが参加しました。彼らは核廃絶の理想を高らかに宣言し、後々まで続く国際世論の潮流を創り出しました。

ICAN(核兵器廃絶国際キャンペーン)による抗議活動 Photo by Getty Images

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