濃厚接触がなければ芸術は成り立たない〜ポストコロナ期の芸術の使命

ウイルスと共生する日常のなかで
黒瀬 陽平, 宇川 直宏 プロフィール

濃厚接触と3密は「愛」の問題である

黒瀬:新型コロナウイルスの毒性は、歴代のウィルスや菌にくらべてかなり低いと言われていますが、一方で、グローバル化した情報社会にとって大変やっかいなウイルスなわけで、この状況は人類にとって新しい経験だと言っていい。

さらに、この種のウイルスに対するワクチンや特効薬を作るのがとても難しいということはすでにわかっているわけで、「ワクチンができるまでの我慢」などというメッセージは発するべきではない。ウイルスを殲滅することはできないのだから、「共生」する道を選ぶしかない。

共生という言葉には「死」という字が入っていない。でも、ウイルスとの共生とは、誰もがある一定の確率では感染するし、死ぬかもしれない、ということです。つまり、生の中に確率的、部分的な死が埋めこまれている日常について考えなければいけない。だとすれば、これまでの文学や美術がウイルスや細菌に対しておこなってきた恐怖の表現、ヴィジュアライズとは違うアプローチも必要になってくるでしょう。

それから、これはとても危機感を覚えているのですが、たとえば今、感染拡大防止策として「濃厚接触」や「3密」を避けろと言われていますよね。おそらく今後も、濃厚接触と3密にはネガティブなイメージがつきまとう可能性がある。でも普通に考えて、濃厚接触と3密がなければ、芸術文化は成り立たないですよ。

〔PHOTO〕iStock
 

宇川:本当にそのとおり(マスクを外しながら)。3月までは「芸術文化を絶やすな」といった空気でしたが3月末から「芸術文化は死なない。でも人は死ぬ。」のフェーズに世論が移行しましたね。

黒瀬:「いまは命が大事だ」といって生と死を切り分け過ぎると、濃厚接触や3密を排除し続ける社会になってしまう。それがいつ終わるのか、いつ変わるのかの指標も根拠も曖昧で、ただなんとなく自粛せよと、政治・医学・科学の名の下に言い渡されている。

芸術文化を維持したいのなら、濃厚接触や3密のリスクを取らなければいけない。でもこれは大げさなことではなく、たとえば濃厚接触や3密って、ある意味で「愛」の問題だと思うんですよ。だってぼくは今日、宇川さんと濃厚接触しに来ているんですから。

宇川:俺もだよ! 距離はあるけど、でも意識のディープキスができたと思っている。