ここ数年、インターネット上で「毒親」という言葉を見かける機会が増えた。この毒親とは一体何なのか。試しにウィキペディアでその言葉を調べてみると、以下のような説明文があった。

「毒と比喩されるような悪影響を子供に及ぼす親、子供が厄介と感じるような親を指す俗的概念」

つまり、過干渉や育児放棄、または暴力などによる虐待で子供の精神や肉体に深い爪痕を残す親のことを指す総称であるらしい。

実はそういった毒親を持つ友人が僕の周りには昔から多く、SNSの書き込みやネット記事などでこの言葉を見つけると、いつもその内容に見入ってしまう。僕自身は毒親のもとで育ったわけではなく、虐待を受けた経験もないのだが、母子家庭であるが故に金銭的理由で困る場面は何かと多かった。だから、毒親を持つ友人が多いのも、家庭環境に由来する要因で生活に支障を感じてきたという点で分かり合える部分が少なくないからだろうと、そう勝手に思っていた。

でも最近、そんな僕の考えを微妙に変える出来事があった。愛人女性から不倫の事実を暴露された、某男性芸能人のスキャンダルである。

これは「不倫」と呼んでいいのか

先に述べておくと、不倫は個人間の問題だと僕は思っているので、過剰な芸能人バッシングには賛同できないし、この記事で不倫の是非について語るつもりもない。また、相手に妻がいると分かっていて会っている場合、男も女も同じ罪を背負うべきだろう。

写真はイメージです(以下同)〔PHOTO〕iStock

でも、この芸能人が巻き起こしたスキャンダルの場合、相手女性から語られるエピソードの数々(多目的トイレといった場所での性行為、一方的なオーラルセックス、事後の金銭受け渡し等)を読んでいると、果たしてただの「不倫」と呼んでいいものかという疑問が生じる。相手女性を対等な立場の人間としてではなく、風俗従事者か何かだと思い込んでいるのではないかと思えて仕方がない。

たとえるならば、この「悪意なき悪意」とでもいうべきものは、不倫という罪とは別に語られるべき罪なのではないだろうか。

そう思った時、ある一つの記憶が頭をよぎった。