外食の歴史からわかること

5月25日に全国で緊急事態宣言が解かれ、営業を再開する店、短縮していた営業時間を延ばす店は増えた。

しかし、客席の間隔を空けて席数を減らす対応のため、通常営業と比べて売り上げは低くなる。マスクしたままでは飲食ができないことが、外食店の業績回復の足を引っ張るのだ。黙って食べることを奨励する店もあるが、それは、会食とは相いれない要望とも言える。

-AD-

少し外食の歴史をひも解いてみよう。

飲食業が発達するのは江戸時代。居酒屋や寿司屋、蕎麦・うどん店などの手軽な店や、高級料理屋が都市で発達し、近代飲食業の礎を作る。

日本最初の高級料理店、大坂の「浮瀬(うかむせ)」は元禄年間、文化人たちが集まる場所として生まれた。西洋料理店の精養軒や中華料理店の偕楽園など近代初期のレストランは、政財界人たちが会食の場を求めて資金を提供している。明治末期に最初にできたカフェの「プランタン」は、芸術家たちがパリのカフェのようなたまり場を求めて生まれた。

このように、集まる場所を必要としている人たちのために、生まれた外食店がある。そうした場で、政治や経済の動向が決まり、新しい文化が生まれる。あるいは発展する。

会議や打ち合わせのように話し合いに集中するのではなく、食事や飲み物を摂ることでリラックスし、会話が弾む。脱線を含めて話を広げることが、クリエイティブな構想につながることがある。用件だけにとどまらない会話によって親交を深め、関係自体も発展する。共に食べることは、連帯感を高めるからだ。

冠婚葬祭が会食を伴うのは、コミュニティで喜びや悲しみを分かち合うためではないだろうか。言うまでもないが、恋人同士がデートで食事するのも、仲を深めるためである。