54歳でこの世を去った天才柔道家、斉藤仁とは何者だったのか

本当に強かった…
週刊現代 プロフィール

怒声が飛んでくる

斉藤には息子が2人いる。長男・一郎、次男・立はともにいま、国士舘大学の柔道部に所属。一郎は4年生、立は1年生だ。一郎が語る。

「父から『柔道をやれ』と言われたことはなかったけれど、物心がついた頃から、僕は現役時代の父の試合をビデオなどで観せられていました。たとえば、ロサンゼルス五輪で金メダルを獲ったとき。父は豪快な投げ技をバンバン決めて、次々に一本を取った。『すごいな!』と感動しました。そうやって繰り返し父の試合を観るうちに、『柔道をやりたい』と自分から言い出してしまった。父はすごく嬉しそうでした。いま思えば洗脳です」

2011(平成23)年、一郎が全国中学校柔道大会に出場したときの写真。左から一郎、斉藤、立。現在、一郎は柔道以外の道を模索中だが、立は2024年パリ五輪の出場を狙える重量級の有望選手に成長している。親子2代の金メダルも夢ではない 写真/『柔の道 斉藤仁さんのこと』
 

そのようにして、一郎は小学4年のとき、家(大阪市)から少し離れた道場に弟・立と一緒に通い始めた。その約1年後、「地獄が始まった」と一郎が述懐する。

「家の和室に父が柔道用の畳を敷き詰め、稽古をするようになったんです。投げ込みは床が抜けるのでやりませんが、打ち込み(相手を投げるまでの動作)、重心移動、寝技などを徹底して反復させられました。立も一緒です。

打ち込みのとき、踏み込む足が1cmでもずれていたら、『やり直し!』と怒声が飛ぶ。できないでいると、父はヒートアップして『なんでできねえんだよ、もう一回やってみろ!』と大きな声をあげ、そのうちバーンと手も出る。本当にきつかった。『理不尽やな』と思いましたが、自宅だから逃げられなかった」