淡々と食べて片付ける

実際に、学校給食や会社の社食など食べるシーンは大きく変わっています。一例ですが、私はとある短期大学の客員教授で、調理実習の授業を請け負っています。座学はリモートでできますが実習や実験はリモート不可能ですので学生は登校しています。調理実習ではマスク装着し、3~4人のグループでそこそこの対話をしながら実習をしています。

しかし、料理が完成して試食となると座学の教室に行き、全員が前をむき、ソーシャルディスタンスを保ち一緒に調理実習した仲間とも別々に食べます。もちろん私語厳禁です。実習の工程の振り返りや一緒に作った味付けの話し合いなどもできず、淡々とただ食べてただ片付けるでは授業の魅力も半減ですし、学生の士気も下がります。

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小中学校の給食の喫食シーンでも担任の先生が一人で配膳している映像がTVで放映されていました。その給食内容もとてもシンプルで袋入りのパンと牛乳、または袋に包まれたおにぎり2~3個。厚生労働省が提示している食事摂取指針などどこへ行ったのやらという感じです。育ち盛りの子供の大事な一食までもコロナ禍が奪ってしまったように思えます。

そもそも日本には共食という文化があります。共食とは、一人ではなく誰かと一緒に食事をする、という意味で使われる言葉で、現代のように核家族や共働きが多くなったことによって一人きりで食事をする「孤食」に対しての反対語です。孤食の多い子供から発信されるSOSを極力なくし、豊かな人間性や健康な心身を育てることが出来る共食は非常に大事とされて作られた造語です。