陣痛を起こしての中期中絶

貴彦さんは仕事が休めず、好美さんはひとりで人工妊娠中絶を受け8時間の陣痛に耐えた。中期中絶は麻酔で眠っているうちに終わる初期中絶とはまったく違い、人工的に陣痛を起こして出産する形をとる。

好美さんはかかっていたところで中絶を受けたが、その、都心から離れた小さなクリニックでは、好美さんのように、子どもに強い愛情を感じつつ断腸の思いで処置を受ける妊婦はまれだったらしい。手術後、赤ちゃんと一緒の部屋で過ごしお別れの時間を持ちたかったが、看護師さんに「生まれてきた子に会いたい」と言うと「本当に会うんですか。そんなことを言った人は今までこのクリニックにいませんでしたよ」と驚かれてしまった。強く頼むと連れてきてくれたが、すぐに戻さなければならず、写真を撮ることもできなかった。

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出生前診断後の中期中絶は、施設によって大きく事情が違う。実は、これは産婦人科にとってもスタッフの精神的負担が大きいことであり、実施そのものを断るところもある。一方、産婦人科によっては、好美さんのようなケースでもスタッフが赤ちゃんの写真や手形、足形などを残す手助けをしてくれて、十分にお別れの時間を過ごせるよう配慮をしてくれるところもある。そのクリニックは、実施はしてくれたが、実施後のケアまでは手が回っていなかった。周りに出産できるところがあまりないので少ない医師が分娩をたくさん担っており、誰もが忙しそうに業務に追われていた。カウンセリングや喪失のケアなどをおこなう外部機関の紹介もなかった。

不眠を訴えると睡眠薬が出て、退院後どこかの心療内科にかかるように言われたが、その紹介はなかった。そのクリニックに話を聞いてもらえる場はないことがわかった好美さんは「ここは産む人の場所だ。迷惑をかけられない」と思い、早々に荷物をまとめて退院した。

帰宅後の好美さんは一日中、あきらめてしまったわが子の仏壇の前から離れることができず、泣き続けた。1週間ほどそんな日々が過ぎ、泣きすぎで目が腫れ痛み始めた頃、好美さんは、ようやく行動を起こした。

産後6週間ある産後休暇の残り期間を利用し、東日本大震災被災地にひとりで出かけたのだ。以前おこなっていた復興のためのボランティア活動に再び励んだ。そこでは、大切な人を失った人たちが、日々を懸命に生きていた。その人たちがかけてくれる「ありがとう」という言葉が、「食べて」と持ってきてくれる手作りの料理が好美さんの心を少しずつ温めてくれた。

自分が、泣いているだけではなく、もし試練を超えたあとに何か変われるものなら、それが子どもの命を生かすことではないか――好美さんはいつしかそう思うようになっていった。