夫婦の話は平行線に

「1人目の時から、私は産みたかったんです。でも、夫との話し合いは平行線でした。そういうご夫婦は多いと思います」

好美さんは、「妊娠した子は産むのが当然」という感覚がとても強く、産んで育てていたら、この先、医療も福祉も発達して障害者との共存が当たり前な世界になるのではという希望を持っていた。でも、夫はそういうイメージは持っていなくて「自分たちが亡くなったあとはどうするんだ」と繰り返すばかりだった。

「つらいのは、未来は誰にもわからないんです。絶対に幸せになるとは言えないし、絶対に不幸になるとも言えない。その子がいてくれたらよかったと思える人生になるかしれないし、その子さえいなければと思うことになるかもしれない。だから、答えはどんなにがんばっても見つけられないように思えました」

-AD-

いつしか好美さんは、お互いのことを考えるようになった。

「夫の幸せのことも考えていかなくては、と思い始めたんです。私が無理やり産んだ子に声もかけてくれないし、遊んでもくれない、そんな生活になったら家庭はどうなってしまうんだろう、と。そんな時に夫から言われて忘れられない言葉が『生まれてきた子どもを愛せる自信がない』という一言です」

それを言われた時、もう、好美さんには言い返す言葉がなかった。

「私は『子どもに病気があっても産みました、そして夫とは離婚しました』という選択はできないと思いました。
それで、とうとう『わかった』と言いました。そして、赤ちゃんはあきらめるから、私たちのところに来てくれたことに対しては手を合わせて『ありがとう』と言って、しっかり送り出しほしい、と言ったのです。夫は『わかった』と言いました」

それは長い、長い1週間だった。羊水検査でダウン症が確定してから人工妊娠中絶をクリニックに依頼できる日までの日数はそれしかなかったので、2人はすべてを犠牲にして話し続けた。

「毎晩、仕事が終わって家に帰ってくると、夜が更けてもずっと話し続けてました。もう苦しくて苦しくて……どんなに話しても、全然一緒の方向を向けないのです。それでも私たちは結論を一緒に出せたのでよかったなと思っているんです。私たちは『あんなに苦しんで出した結論なんだから、あれでよかったんだ』と今でも思えるくらい、限界まで話し合ったんです」