韓国が激怒する「ボルトン回顧録」文在寅政権の反論が無理筋な理由

暴露された「米朝対話の裏の思惑」
牧野 愛博 プロフィール

非核化の議論はおざなりに

当時、韓国政府は18年2月の平昌冬季五輪を契機に北朝鮮の融和姿勢を引き出したことから、「韓半島に平和がやってきた」と宣伝するなど、得意の絶頂にあった。

ボルトン氏は回顧録で、北朝鮮の非核化の可能性について、北朝鮮は核を放棄すると信じ込んでいた韓国と、懐疑的な日米との間で距離があったことを認めている。

回顧録によれば、文在寅大統領は18年4月の南北首脳会談で、金正恩氏に1年以内に非核化を実現するよう要請し、金正恩氏も同意したと米側に伝えてきたという。だが、当時から「核兵器や核物質などをすべて確認して解体、搬出するとなると、1年ではとても不可能だ」という疑問の声が上がっていた。結果的に、韓国は南北対話を優先するために非核化の議論をおざなりにする格好になった。

 

実際、文在寅大統領は18年10月、欧州歴訪の際、欧州の首脳に「北朝鮮が非核化に前向きになれるよう、北朝鮮への経済支援が重要である」と力説して失笑を買った。バチカンでは、ローマ法王の訪朝の可能性について打診。法王側が「まず北朝鮮から招待状を送って欲しい。話はそれから」と答えると、韓国政府はブリーフィングで「法王が訪朝の意思を示した」と説明する始末だった。

南北対話を優先する韓国の姿勢は、その行動の端々からうかがえた。回顧録でもボルトン氏は、韓国政府は18年6月にシンガポールで開かれた米朝首脳会談に加わりたがったと指摘。19年6月に板門店であった米朝首脳接触でも、文在寅大統領が強引に板門店に同行したと説明している。韓国は18年末にも、金正恩氏のソウル訪問を実現するために躍起になったことがある。