日本人はなぜ「人権」をうまく理解できないのか、その歴史的理由

抵抗権を骨抜きにされた日本の「人権」
森島 豊 プロフィール

明治政府が作った人権理念

明治維新を実現した政府は、一君万民の統一理念で旧体制の解体を急ぎ、身分制の廃止、版籍奉還、廃藩置県と王政復古の大改革を行った。

さらに新政権を安定させるため天皇の軍隊の創設を必要とした。明治維新は薩長の武士によって実現したが、彼らは天皇よりも自分たちの帰属する藩主に忠誠を尽くしていたため、新政府の勢力にならなかったのだ。そのため全国に兵士を募るも、旧藩主に忠誠心のある士族(旧武士)は集まらなかった。そこで1872(明治5)年、身分の区別に関わらず全国に兵を募る国民皆兵制を天皇勅令の形式で行なった(「徴兵の詔と告諭」)。ここに「人権」という言葉が登場するのだ。

太政維新、列藩版図を奉還し、……四民(漸ようや)く自由の権を得せしめんとす。是れ上下を平均し人権を斉一にする道にして、即ち兵農を合一にする基なり。是に於て、士は従前の士に非ず民は従前の民にあらず、均(ひと)しく皇国一般の民にして、国に報ずるの道も固(もと)より其別なかるべし。 (強調筆者)*3

大意は以下のようになる。「政権と諸藩の領土を天皇に返上したことで、四民はようやく自由を得たのである。自由とは、上下の区別がないことであり、これがすべての人に人権を与える道である。このことが兵士と農民が一つになれる基礎なのである。武士も民もこれまでの身分と異なり、万民が等しく皇国の民であり、国に仕える時にこれまでの身分の区別はないのである」。

明治天皇〔PHOTO〕Gettyimages
 

重要なことは、ここでは身分の区別がないことが人権と呼ばれていることだ。それは天皇のおかげで確立し、徴兵を目的とする文脈で語られた。すなわち、日本においては、天皇の軍隊として戦うことで身分格差撤廃という人権が保障されたのだ。言い換えると、天皇への忠誠に身分の違いが無いという平等思想だ。日本の人権は一君万民の平等論として登場し、勅書の形式で民衆に訴えかけた。

見逃してならないことは、「平等」ではなく「平均」という用語が使われたことだ。言葉そのものが意味する通り、それは身分の平均と平準化を意味した。そこで謳われている自由は個を重んじる自由ではなく、階級からの自由であった。それは天皇において確保された道であり、天皇への忠誠において初めて保障されるので、たとえ自分の命を守るためであっても、天皇の名の下に発せられる命令に背き抵抗する自由は保障されない。もし抵抗する場合には人間と見なされない。

つまり、ここで言う平等や人権は、個人の自由なき平等であり、欧米の抵抗権に支えられた自由の理念と本質的に異なる「天皇型人権」とでも言えるものなのだ。