日本人はなぜ「人権」をうまく理解できないのか、その歴史的理由

抵抗権を骨抜きにされた日本の「人権」
森島 豊 プロフィール

幕末・明治の指導者の目論見

同様に警戒したのが欧米から入ってくる人権思想だ。江戸時代までは鎖国によって欧米思想の影響を防ぐことができたが、近代化を目指す明治政府は開国によってキリスト教と欧米思想に門戸を開かなければならなかった。その影響は民衆に新たな認識を与えた。

特に天皇神権によって国家再建を目指す明治政府にとって、「天皇も人なり」と君主を相対化する平等思想(自由民権運動)は脅威であった。そこで彼らは、欧米思想を骨抜きにするために、日本の伝統・文化・歴史を踏まえた特殊な人権理念を醸成していった。

 

幕末・明治の指導者は忠誠心を美徳とした。君主との主従関係を否定する存在を人より劣った「禽獣」と呼び、争いの絶えない欧米を野蛮で愚かだとした。彼らにとって人間らしいとは君主に忠誠を尽くす存在で、模範となるのは藩校で学んだ武士であった。したがって、主権在民を国是とする民主主義的な政治形態は認められず、欧米の影響を受けた民衆を「愚民」と評した。指導者たちが急務としたのは、文明開化の中でいかにして欧米思想の感染から民衆を防ぐかであった。

欧米列強国に脅威を感じた幕末の思想家たちは、海外からの攻撃に備えて日本が一つになる必要を訴えた。200を超える諸藩の中で人々は自分の藩主に忠誠を尽くすため、いざ外から攻められたとき日本全体が一つになる構造原理を持っていなかった。

そこで生まれたのが「一君万民」の統一理念だ。水戸藩の會澤正志斎や長州藩の吉田松陰は、一人の君主(天皇)のもとにすべての人が支える構造原理で国家再建を考えた。彼らの影響を受けた人々が明治維新を起こしていく。