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朝日新聞が“悲願”達成…「面倒な社主」はいかにして廃止されたか

多くの人が知らない朝日新聞の「秘密」

朝日新聞が「社主制度」を廃止

朝日新聞社は、6月24日、大阪・中之島のフェスティバルタワー・ウエスト4階の「中之島会館」で株主総会を開いた。一番の眼目は、<2号議案 定款一部変更の件>で、変更の理由をこう書いている。

<社主制度は、「村山龍平、上野理一創業の栄誉並びに創業者と本会社との関係を保持するため」(定款第36条)という両創業者顕彰を主な目的として設けられ(中略)

今年3月に村山美知子社主が逝去され、村山・上野両家の社主が不在となりました。以上の理由から、定款変更により社主制度を廃止したいと存じます>

朝日新聞元記者の樋田毅氏が、『最後の社主―朝日新聞が秘封した「御影の令嬢」へのレクイエム―』を上梓したのは、今年3月26日である。朝日新聞は、タイトル通り「社主の存在」を定款からも消した。

 

創業家との確執を抱え苦労した歴代経営陣にとって、社主の存在を打ち消すことは“悲願”だった。資本と経営は何度も対立、なかでも激化したのは、1964年1月20日、二代目社主で社長の村山長挙を取締役会で電撃解任したことだった。

以降、「村山騒動」は長く続くが、もうひとつの社主の上野家が会社側に付き、村山家も分裂するという複雑さのなか、65年12月、長挙社主は取締役を退き、資本と経営の分離が図られた。

最後の社主』は、長挙の長女の美知子三代目社主が、“象徴天皇”の役目を懸命に果たし、その誇り高くもけなげな姿を、社主の世話係だった樋田氏が描いたレクイエム。同時に、朝日経営陣が36%の株式を握る資本家の社主から、あの手この手で株を“収奪”したことに対する告発の書でもある。

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