ハチミツ二郎「死を意識したことが、サラリーマン二郎のきっかけだった」

芸人から「狂気」が失われた時代を生きる
田崎 健太 プロフィール

「死ぬぞ、死ぬぞ」

今から約二年前、二〇一八年七月のことだ。東京ダイナマイトは二〇〇九年八月からよしもとクリエイティブ・エージェンシーに所属している。この日は大阪で劇場に出演していた。

三日前から四十度の高熱があったという。

「(舞台に)出るか、出ないかは自分で決めろと言われた。でも(芸人が)自分から出ないって言うはずがないじゃないですか。舞台をこなしているうちに息ができなくなった」

この日、三回目の公演を終えた後、東京に戻るためにタクシーに飛び乗った。新大阪駅の手前で息苦しくなった。これは普通ではないと思い、マネージャーに連絡、近隣の病院を探してもらった。

「日曜日だったので救急受付しかなくて。病院行ったらもう力尽きて、這って受付まで行った。受付ですぐICU(集中治療室)に入ることになった。医者の “死ぬぞ、死ぬぞ” って声が飛び交っていて、家族も呼ばなきゃ駄目だって。

記憶は全部あります。タクシー下りたところ、受付で死にそうになっているところ、そして車椅子に乗せられたところ。担架に乗せる余裕もなかったんで、受付の兄ちゃんが車椅子に乗せて運んでくれた。すると、体内酸素数が六十いくつしかなかった」

写真/岡田康且