疑惑の「河井夫妻問題」、新聞・テレビが見逃している「重大な論点」

法相任命は「指揮権」狙いだったのか
與那覇 潤 プロフィール

もう一度問う、歴史は役に立つのか

もっとも実際のところ、参院選で意中の結果を出した後に克行氏を法相に就け、検察官に指揮権発動を忖度させて買収の捜査を封じる「深謀遠慮」が官邸にあったのかというと、正直私も半信半疑でいます。そうした陰謀論的な叙述をしたほうが、政治や歴史の書物が「売れる」昨今ではありますが、そこまでパーフェクトな隠蔽計画を立てられると位置づけるのは、ある意味で安倍政権の実力を「非常に高く」評価しているわけです。

ところが先日のコロナ禍でも明らかになったように、「人口密度が東京都の1/91の土地で“成功した”接触抑制策を、『全国でもやりましょう』と外部の学者に売り込まれて、ほいほい乗ってしまう」程度の判断力しかないのが、いまの官邸の実態です。「法律問題を扱う法相ならなんとなく、スキャンダルにも強いのかな」くらいの思考で、妻の選挙を終えた後の克行氏が深く考えずに希望し、あっさり許可されたといったところなのかもしれません。

「アベ政治」に問題は多々あったでしょうが、それは批判者たちが言うように、すべてを首相が専決する“強力な独裁者”だったからダメなのではない。むしろ「予算と権力に群がるコンサルに資産を食い荒らされているのに、気づくことなく彼らの振り付けで踊っているボンボン社長」だったために、コロナ危機でも首尾一貫しない対応で混乱を招いたというあたりが、妥当な評価ではないでしょうか。

〔PHOTO〕Gettyimages
 

もっとも思考に一貫性がないのは、政権に対峙する側も同様です。河合問題に先んじて内閣支持率を急落させた検察庁法の改正問題(定年延長問題)では、「三権分立に反する」と捉える観点の当否がインターネット上で論争を呼びました。すでに書いたとおり、(よくも悪くも)日本の検察官は法相の指揮に服する「行政官」で、そのことが数々の疑獄事件のたびに争点になってきた。そうした歴史を忘れているから、教科書的なフレーズをナイーブに濫用して、問題の所在を捉え損ねてしまう。