コロナで人生の終末を意識するようになった人に贈る「完全燃焼の心得」

何事も終わりがあるから集中できる
大原 浩 プロフィール

犬死では仕方がない……

5月30日の記事「感染症の悲惨に塗りつぶされた今、チェ・ゲバラという生き方を見直す」で述べたゲバラが亡くなったのが39歳であったことも影響して、若いころは「40歳までに花と散る」のが自分の人生=「男の美学」だと思っていた。

そのおかげで、40歳まではあらゆることにひたすら挑戦した。もしかしたら、もっと1つのことに集中したほうが良かったかもしれないが「人生は誰でも1回限り」なので本当のところはわからない。

しかし、「40歳までに死ぬんだから、それまでにやりたいことをやるんだ!」と考えていたことは、人生の内容を「濃くする」ことに役立ったと思う。要するに「太く短く」である。

そうなると、読者は「大原はなぜいまだに生きていて記事を書くのか?」と思うであろう。

至極当然な疑問である。

実は、40歳を迎えたあたりに人生を振り返り「やりたいと思っていたことを概ねやりつくしたこと(結果は別である)」を確認した後、もし今自分が死んだらどうなるかということを考えてみた。

すると、まず三島由紀夫やゲバラのような「死ぬための大義」を持っていないことに気がついた。「葉隠」では「武士道とは死ぬことと見つけたり」と言うが、大義を持たない死は「犬死」として嫌悪する。

 

幸か不幸か、「死ぬための大義が無いから生きよう」と思ったのだ。そうなると残りの人生をどのように充実させるかという問題が生じる。