「人種差別にピンと来ない」日本人には大きな特権があるという現実

「何気ない言動」が問われている
ケイン 樹里安 プロフィール

コロナと福祉排外主義

歌手の宇多田ヒカル氏のTwitterの投稿もまた議論を呼んだ。Black Lives Matterへの連帯を示す投稿であるが、一方で、「日本で生まれ育った日本人からすると人種差別っていまいちピンと来ないかもしれない」という一文が、日本社会において歴史的に継続されてきたレイシズムを等閑視、あるいは不可視化するような発言ではないか、という解釈も可能ではあるからだ。

海外と行き来するなかで身につけてきた日本語表現や立ち振る舞いが、ものまね芸人によって「笑われる対象」とされ他者化されてきた経験をもつ彼女が「日本で生まれ育った日本人」に向けて「人種差別っていまいちピンと来ないかもしれないけど」と述べたことは重要であろう。

ポイントは「ピンと来ない」ような状況を招来させている日本社会の状況である。それはたとえば、アフターでもポストでもなく、アンダーコロナと呼ぶべき状況下の日本社会で飛び交う「差別を区別と呼び変える欺瞞」的な状況ではないだろうか。「差別ではなく、区別だ」「国民の税金なのだから当然だ」という言葉と共に正当化される、レイシズムの数々を、「ピンと来な」くとも、目にしてきた人々は少なくはないはずだ。

たとえば、以下のようなものだ。

コロナ感染拡大対策および生活保障としての現金一律給付を「国民に限る」べきとTwitter上で発した自民党・小野田紀美議員のツイート(2020年4月1日)。明らかな外国人差別であり、かつ感染拡大防止策としての批判と疑問の声が相次ぎ、実際にはそのようにならなかったものの(いまだに問題含みだが)、現職国会議員から公然と外国人差別としかいいようのない発言が飛び出したことは記憶に新しい(*4)

また、さいたま市は感染拡大を防ぐ目的として、県内の幼稚園へのマスクの配布を実施するとしたが、埼玉朝鮮初中級学校の付属幼稚園を対象先から除外していた(のちに配布)。「朝鮮学校は各種学校であるから差別ではなく区別だ」との声がTwitter上に複数現れ拡散されていたが、その区別こそが感染拡大防止策として意味をなさないばかりか、各種学校にいる生徒に配布しないことでそれらの生徒の感染リスクを引き上げる差別的処置であるので、まぎれもなく差別である(*5)

また、コロナ下で学ぶ大学生への経済的支援策が文科省から提示されたが、留学生に関しては成績上位三割に限るとした差別的な選抜制をとることが明らかとなり、その差別性と不平等が指摘されている(*4)

上記の事例は、アンダーコロナという非常時において噴出した、人種差別を内包する福祉排外主義(福祉ショービニズム)だ。福祉排外主義とは、手短に述べれば「われわれの税金をマイノリティの生活保障や支援に使うな」「もし使うとするならば『お情け』であることを自覚させ、服従させろ」という主張のことである(*6)

 

アンダーコロナの日本社会では、外国人、朝鮮学校附属幼稚園の子どもたち、留学生が次々と福祉排外主義の「標的」となり続けている。そして、標的となるたびに、マイノリティへの心無い言葉やストレートな差別発言がマスメディアでもソーシャルメディア上でも飛び交い、組織的な人種差別と福祉排外主義を正当化していく。

もちろん、マイノリティへの人種差別や福祉排外主義は、コロナ以前からこの日本社会に埋め込まれていたものだ。それがアンダーコロナにおいて「命と生活の線引き」としてあらわとなっている。

福祉排外主義は、標的となった「彼ら」の生活を含めて日本社会が成り立っている現実と、彼らとの直接的・間接的な相互作用のなかで未来が共に形作られている可能性を毀損するものだ。それだけではない。公権力による「命と生活の線引き」を1度許してしまえば、次はあなたとあなたの身の回りの人が標的となる危険性を社会に残し続ける時限爆弾のようなものだ。引き返すなら、今である。

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