2020.06.26
# 格差・貧困

「それ、気にしすぎだよ」男性が女性の訴えに口をはさむ前に考えたいこと

男性とフェミニズム
小手川 正二郎 プロフィール

この非対称的な関係は、個々の男女の上下関係や権力関係とは独立した、「男性」と「女性」の間のヒエラルキー関係として理解されねばならない。実際、女性の上司の発言や叱責が男性の部下によって「感情的」だとみなされたり、揶揄されたりするのは珍しいことではない(チママンダ・ンゴズィ・アディーチェ『男も女もみんなフェミニストでなきゃ』、くぼたのぞみ訳、河出書房新社、2017年)。

要するに、男性の特権とは、一見すると特権とは無縁に見える男性たち——経済的に恵まれていない男性や社会的権力をもたない男性——にも言えることなのだ。

 

男性がコミュニケーションを変えるヒント

こうした特権ゆえに、男性たちが「まともに相手にしなくてもよいもの」とみなしたり、「それのどこが問題なの?」と流したりしてきたことが、無数の女性たちの地道な努力の積み重ねによって、もはや無視できない「問題」として共有されつつある(栗田隆子『ぼそぼそ声のフェミニズム』(作品社、2019年)は、「ないもの」とされてきた事柄を「問題」として語り直すことの重要性を示している)。

こうした事態に直面して、「何でもかんでも差別だ、セクハラだと言われて、生きづらい世の中になった」と嘆く男性もいるかもしれない。しかし、本当にそうなのだろうか。

ジェンダー法学者の山本千晶は、個々人の経験から性差別やセクハラについて考えていくことが、人々の「関係性やコミュニケーションを狭めるよりもむしろ、より多様性に開かれたコミュニケーションのあり方を探るヒントになる」と指摘している(山本千晶「どこまでがセクシュアル・ハラスメント?」、『フェミニスト現象学入門』所収)。

実際、自分たちにとって都合のいい(「生きやすい」)仕方でしか、他人と接することができない男性は、そもそも自分とは異なる価値観や感情をもつ相手とコミュニケーションできていない可能性が高い。むしろ、自分が経験したことも充分な関心を寄せたこともない問題について、当事者の経験に耳を傾けて、自分のこれまでの経験を見つめ直すなら、自分が縛られてきた見方や価値観から自由になり、他人と本当の意味でコミュニケーションをとることが可能となるはずだ。

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