2020.06.26
# 格差・貧困

「それ、気にしすぎだよ」男性が女性の訴えに口をはさむ前に考えたいこと

男性とフェミニズム
小手川 正二郎 プロフィール

自分のこうした態度に向き合い、それを異なる角度から理解し直すことを可能にしてくれたのは、信頼する女性研究者たちから教わった「性にもとづく差別や搾取や抑圧をなくす運動」(ベル・フックス『フェミニズムはみんなのもの』)としてのフェミニズムであった。以下では、男性の側からの一方的な断定がなぜ可能となり、いかなる効果を生んでしまっているのか、そして「口をはさまずに」耳を傾けるとはいかなることなのかについて考えてみたい。

〔PHOTO〕iStock
 

男性たちに与えられてきた特権

男性たちのこうした態度は、女性たちの様々な声——痴漢被害やセクハラ被害への怒り、就活や職場で化粧やパンプスを強いられることへの抗議、結婚時に姓を半ば強制的に変えさせられることによる不利益や不都合への嘆き、男性たちの同性愛嫌悪やトランス嫌悪に苦しむ声——に向けられてきた。

それは、女性たちの怒りや苦しみに「過敏」で「感情的」というレッテルを貼り、彼女たちの声を「大げさ」で「主観的」なものだと断定する。そのようにして、彼女たちの経験や訴えを「個人のメンタルの問題」(「メンヘラ」)とみなしたり、「事を荒立ててまで」取り上げる価値のないものとみなしたりする場が醸成されていく。

なぜ当事者でもなく、女性たちが直面する問題に関心を抱いたことすらない男性たち——客観的な観点から程遠い男性たち——が、彼女たちよりも「客観的な立場」に立っているつもりになったり、彼女たちの訴えに水を差したりすることが許されてきたのだろうか。それは、男性中心的な社会のなかで、男性たちに特権が与えられてきたからに他ならない

社会学者の江原由美子が分析しているように(『ジェンダー秩序』、勁草書房、2001年)、社会において活動主体として位置づけられてきた男性の声は、男性を支える役割を歴史的にあてがわれてきた女性によって注意を払ってもらえ、聴いてもらいやすいのに対して、女性の声はしばしば男性によって矮小化されたり、まともに扱われなかったりする

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