義務教育の底辺を歩んできた
ぼくに渡されたもの

僕自身、義務教育の底辺を歩んできました。高校3年生まで本をきちんと一冊読み切ったことがありませんでした。
両親とも読書家でしたから、父親には本屋によく連れて行ってもらいました。父から「好きなものがあったら買っていいぞ」と言われるのですが、興味のない僕は「じゃあ、これ」と図鑑しか選びませんでした。それでも、一切本を読めとは言われないので、そのまま高校生になってしまったのです。

小学校6年間ドリルはすべて白紙だったという幼少期についてはこちらの記事に詳しい

3年生の大学受験。共通テストの英語は、200点満点中24点。当然ですが、希望した大学に合格できませんでした。

父から渡された一冊の本

そのころです。父から「おまえ、最近何してんの?」と声をかけられました。僕が「いや、見ての通り浪人だよ。来年の合格を目指すよ」とぶっきらぼうに言ったら、父から「じゃあ、(高校の)卒業まで暇だな。おまえ、これでも読んでみろ」と一冊の本を渡されました。

村上春樹の『ノルウェイの森』でした。
決して明るくはない青春小説です。男と女、人生の悲しみつらさが、時に笑いもあり、涙もありで夢中になりました。

それまで「字を読んで何が楽しいの?」と両親に言い放っていた僕は、気づけば「下巻ちょうだい」と父に向って手を伸ばしていました。

それまで本というものにまったく感動したことのなかった僕は、本のラストを号泣しながら読みました。
衝撃だ。超楽しい。ねえねえ、村上春樹、ほかにないの?

父は僕がそうなることを見越していたのでしょう。幾冊かを与えたころ、僕にこう言いました。
「そろそろ、村上春樹がどんな人なのか知りたくなったろ?」

-AD-

そういって渡されたのが『遠い太鼓』。ヨーロッパの旅行記。エッセイ本でした。
当時、すでに3年半に及ぶ民族紛争の渦中にあったボスニア・ヘルツェゴビナに心を奪われていた僕は、当然のごとく村上春樹が綴るヨーロッパに魅せられました。
以来、旧ユーゴに関する本をむさぼるように読みました。そんな僕を、父はボスニア内戦を描いた何本もの映画に誘ってくれました。

浪人時代に人生の本棚に出会えました。本と映画にのめりこんでボスニアに行くという目標が見つかった僕は、勉強にも集中し希望大学に合格できました。そこまで寄り添ってくれた父には感謝しかありません。

浪人時代に出会った森田太郎さんの「人生の本棚」。父親の押しつけがましくない寄り添い方が、この本棚を生んだ 写真提供/森田太郎