温泉旅館がサテライトオフィスに!?コロナ後を見据えた斬新な挑戦

嬉野と草津の若手経営者の戦略
山崎 まゆみ プロフィール
 

都会にマウンティングされないために

現在、宿泊産業は新型コロナウイルスの感染拡大の影響で宿泊客が減少し、訪日外国人客の回復の見込みも立たず、危機に瀕している。

だが、嬉野温泉が仕掛けている企業のサテライトオフィス誘致は、コロナ後の活路として案出されたわけではない。この取り組みはもっと以前から進んでいたのだ。

サテライトオフィス誘致をスタートさせた和多屋別荘の小原嘉元社長(43歳)によると、自社の旅館は、1300年湧き出る嬉野温泉、500年続くお茶の栽培、400年続く肥前吉田焼きという古からの歴史を、2万坪の和多屋別荘という土地を活用し、旅館という箱で表現しているのだと言う。

和多屋別荘・小原嘉元社長

この考えを元に嬉野温泉では、2016年から「嬉野茶時(うれしのちゃどき)」プロジェクトが始まっていた。

「嬉野茶時」のイメージ

この「嬉野茶時」のプロモーションを担っていた株式会社イノベーションパートナーズの本田晋一郎社長が、「この環境がそのまま職場だったらいいですよね」と、ふと口にしたことが発端だ。小原社長と本田社長は同年代の経営者ということもあり、意気投合した。

そして2019年秋から、佐賀県と嬉野市に交渉をはじめ、今年3月5日の村上大祐市長の発表に至る。地方自治体がサポ―トする「企業立地協定」の一環だ。

企業のサテライトオフィス誘致の中心人物がもう一人いる。嬉野温泉旅館大村屋の北川健太社長(35歳)だ。

「我々は不動産業をやりたいわけじゃないんです。旅館内にイオンモールを作るわけじゃない。こちらの希望に合った企業を選びたい」と言葉に力が入る。

小原社長も続けて、

「イノベーションを起こすIT・テクノロジー企業、空間・食などトータルデザイン、建築・設計などが候補です。

いま嬉野の企業が疲弊していますので、弁護士や税理士、コンサルタントといった企業救出のスペシャリストもお誘いしたい」と熱気が溢れている。

北川社長も「安さだけアピールして誘致といったように安売りをすると、いつまでも都会からマウンティングされる田舎から脱却できません」と力説する。

「暮らし観光」の良さ

北川社長の大村屋にもサテライトオフィスが1組入っている。企業ではなく、陶芸家とイラストレーターのご夫婦だ。

もともとイラストレーターの妻が地域おこし協力隊で嬉野に通っていて、「創作場所がない」と聞き、大村屋で使っていなかった大浴場を貸したのだという。

「いまでは陶芸家のご主人と二人の工房『リバーサイドハウス』として活用して頂いています。奥様には、嬉野の町並みを描いてもらっていますが、僕たちでは発見できない路地裏の魅力等をクローズアップしていて、面白いですね」

元浴場の「リバーサイドハウス」陶芸アトリエ

北川社長は「暮らし観光」を提唱している。「暮らし観光」とは、その土地で暮らす人や生活そのものを見せるという考え方で、本当の町の良さを発信することだ。

「2017年にはコペンハーゲンが観光客を‟2次市民”と呼ぶことを宣言しました。資源がなく観光で成り立つシンガポールは、留学費用を支給し世界中に友達を作るようにという“友達作戦”を実施しています。

大量集客型のテーマパークの誘致よりも、嬉野温泉は企業やクリエーターとのつながりを持ち、立場の異なる人が一時の暮らしを嬉野で過ごす。いわばヤドカリが暮らす貝を提供できるような町にしたいです」

コロナ禍により働き方改革が求められ、環境省はワーケーションを推奨している。嬉野温泉モデルは、ただの企業誘致ではなく、未来を見据えた田舎の在り方を探ろうとしている