劇場再開後も問題は山積み。コロナ禍のハリウッドで起きていること

ノーラン最新作『TENET テネット』が7月末全米公開
宇野 維正 プロフィール

そうした現状を踏まえると、ノーランが『TENET テネット』の「可能な限り早い劇場公開」に固執したのには、経営危機に瀕している多くの劇場に少しでも短期的な収益をもたらすためだけでなく、この機会に「劇場での映画体験」そのものの価値を見つめ直してほしいという願いが込められていることがわかる。

2008年の『ダークナイト』以降、機動性の悪い巨大なカメラや膨大なコストなどから、長編フィクション映画の撮影は困難とされていたIMAXカメラでの撮影シーンを自作で段階的に増やしてきたノーランは、今回の『TENET テネット』もIMAXカメラと70mmフィルムのコンビネーションで撮り上げている。

クリストファー・ノーラン〔PHOTO〕gettyimages
 

ノーランにとって劇場は自身の作品のポテンシャルを引き出す上で不可欠な環境であり、また観客にとってもノーラン作品を堪能する上で劇場は不可欠な環境でもあるのだ。

しかし、言うまでもなくすべての映画が『TENET テネット』のような技術的な野心のもとで製作されているわけではない。ハリウッド映画を筆頭に世界中の新作映画の配信での同時公開、あるいは配信のみでのリリースへのシフトチェンジは、今すぐではないものの、じわじわと劇場の興行ビジネスを侵食していくだろう。

ここ数ヵ月は、横並び体質が強い日本の映画業界においても、『Fukushima50』の劇場公開中のPVOD配信、『泣きたい私は猫をかぶる』の公開延期から急転直下で決まったNetflixでの配信リリースなど、映画関係者ならば誰もが驚愕する出来事もあった。

注目すべきは、前者が角川・松竹配給作品、後者が当初は東宝映像事業部配給作品、つまり、いずれもメジャー作品であったことだ。緊急事態下の特例ではあるものの、これまでの国内の映画興行における暗黙のルールに亀裂が入ったことになる。

映画業界と映像ストリミーングサービスの関係性

自分がこれまで、2010年代のポップカルチャーを総括した自著『2010s』をはじめ、各メディアで記事を書いたり発言をする際に主張してきたのは、映画業界と映像ストリミーングサービスは対立するものではないということだ。

その根拠は、二つのプラットフォームの間で生まれた新たな競争意識に加えて、テレビシリーズからの才能の流入もあって、特にアメリカ映画界は数年前よりも目に見えて多くの秀作を世に送り出していること(もちろん、そこには『アイリッシュマン』や『マリッジ・ストーリー』のようなNetflix映画も含まれる)。そして、「映像ストリーミングサービスのヘビーユーザーほど映画館にも頻繁に足を運んでいる」という――きっと身に覚えのある人もいるであろう――調査結果が出ていることだ。

しかし、今回のコロナ禍によって時計の針が一気に数年分進んだことで、長い目で見れば映画業界と映像ストリーミングサービスの共存共栄は可能ではあるが、その過程で大きな産業構造の変化が起こることが現実味を帯びてきた。