「人種は存在しない、あるのはレイシズムだ」という重要な考え方

遺伝学では「人種」は否定されている
磯 直樹 プロフィール

また、扱われている主題は薬効に限らないが、国際的に権威のある医学誌であるBMJは今年、「医療におけるレイシズム」特集を組んだ。このように内部からもレイシズムが問題にされていることから、医学・医療における「人種」概念の使用はしばしばレイシズムと結びついていると仮定することは可能であろう。

カラーブラインド・レイシズム

現在のフランスでは、人種やエスニシティを公的調査で尋ねることを原則として禁止しており、公式にも「人種はない」という立場が貫かれている。フランスの現行の憲法は1958年に制定され、「人種」の文言が第1条に含まれている。しかし、今年6月、フランス国民議会下院はこの文言を削除するという改正案に合意しており、憲法はそのように改正される見込みである。

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本記事でここまで述べてきたことから、学術的観点からは「人種」概念の使用を放棄してもいいように見えるかもしれない。しかし、それを放棄したとしても、差別が容易になくなるわけはない

むしろ、「人種はない」から「レイシズムもない」という理屈がつくられてしまうと、レイシズムに結果的に加担してしまうことになる。実際にある差別を隠蔽するだけだからである。これを、カラーブラインド・レイシズムという。米国で「人種」概念に固執する人びとが多いのは、この種のレイシズムに対抗するためでもある。「人種」概念を放棄することでレイシズムを見えなくしてはいけない、というわけである。

人種はないが、レイシズムはある

「人種はない」ということと「レイシズムはある」ということは一見対立するようであるが、実際には両立する。このような立場を示したのが、イギリスの社会学者ロバート・マイルズである。マイルズによれば、「人種」があるのではなく、それがあるように信じさせるレイシズムがあるのである(Robert Miles, 1993, Racism After ‘Race Relations’, London: Routledge.)。

「人種」はないにもかかわらず、どうしてそれが確固としてあるように思えてしまうのか。レイシズムに反対する側も、どうして「人種的平等」などと唱えて「人種」を実体化してしまうのか。ないものをあると思い込んでいる私たちの思考枠組み、さらには社会的現実こそが問われなければならない。