パリで行われたデモ〔PHOTO〕Gettyimages

「人種は存在しない、あるのはレイシズムだ」という重要な考え方

遺伝学では「人種」は否定されている

今年4月、アメリカ・ミネソタ州で警官によって「黒人」男性が殺害された。その映像はテレビやSNSで世界中に拡散され、アメリカ各地で差別に抗議するデモが行われるとともに、暴動も起きた。こうした反差別デモは「黒人の命は大事だ(Black Lives Matter)」の標語とともに世界各地に広まっている。

そうした中、「人種」による差別(レイシズム)があってはならないということ自体は多くの人が共有しつつも、「人種」の違いをどう乗り越えるべきか、あるいは「人種」間の平等がいかに可能かをめぐっては、議論が錯綜しているように思われる。「人種」が違っても差別をしないよう心がけ、差別を禁止する法律を整備すればレイシズムは徐々になくなっていくのだろうか。

このように問うなかで、しばしば忘れられている前提がある。それは、遺伝学的見地からは、「人種」は存在しないという指摘がなされていることである。しかし、そう言われても、感覚的には納得できない人は非常に多いはずである。また、「人種はない」という表明は、現在も明白に存在するレイシズムを隠蔽しているようにも思われかねない。むしろ、単純に「人種はある」と考える方がふつうなのではないだろうか。

本記事では、「人種はある」という立場と「人種はない」という立場を対照させながら、「人種」とレイシズムの関わりを解説する。

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アメリカ社会と「人種」のリアリティ

アメリカにおけるエスニシティやレイシズムの歴史については、上杉忍『アメリカ黒人の歴史 - 奴隷貿易からオバマ大統領まで』、貴堂嘉之『移民国家アメリカの歴史』、渡辺靖『白人ナショナリズム:アメリカを揺るがす「文化的反動」』、南川文里『アメリカ多文化社会論』など、一般向けに書かれた優れた解説書がある。

アメリカに住んだことがある人ならば、誰もが「人種」区分は日常であることを実感するはずである。そうした区分は、アメリカの国勢調査にも表れている。その質問項目はウェブ公開されている。