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米国デモ・暴動が結局「トランプ再選」をサポートするという現実

たとえばテロでイスラム差別は消えたか

法で裁くべきではないのか?

2020年5月25日、ミネソタ州ミネアポリスの路上で、警官が黒人男性ジョージ・フロイド氏の首を膝で「8分46秒」押さえ続けて殺したことに対するとされる「抗議活動」が全米に広がっている。

亡くなったフロイド氏のご冥福をお祈りする。また、警官の行為が行き過ぎであったと私も感じる。

しかし、首を押さえつけた警官は殺人罪で逮捕され、残り3人の警官も解雇されている。3人の解雇の処分は甘すぎるという声もあるが、2017年に白人女性のジャスティーン・デイモンドさんが黒人警官のモハメド・ヌールに殺されるという事件(詳細は朝香豊氏の「『人種差別で黒人の命が軽視されている』は本当か? 統計を見よ!」などを参照)と比べて不当に軽い処分が行われているとは思えない。

デイモンドさんの事件に関与した2人は休職扱いとなり、その後、ヌールは第3級殺人罪と第2級過失致死罪に問われた。デイモンドさんは、犯罪(と思われる)事件を警察に通報したまったく善意の人であるだけではなく、まじかに控えた婚約者との結婚のため、オーストラリアから米国に移住していたのだ。フィアンセの悲しみは言葉に表せないほどであったであろう……

しかも、今回とは違って、警察は事件の経緯をなかなか明らかにしようとはしなかった。

フロイド氏の死は痛ましいものであり、もしかしたら白人警官は差別主義者であったのかもしれない。しかしそれは、民主国家では(犯罪を行った当事者を)「法で裁くべきこと」である。

今回の警察の対応は客観的に見る限り公正・公平であるし、むしろ、前述のように黒人を白人以上に丁重に扱っているようにも見える。したがって暴力的なデモを行う大義名分はないと思われる。

また、「黒人差別」ばかりが取りあげられるが、米国の差別問題は「有色人種=非白人」全般に対して存在するし、イスラムなどへの宗教的差別もかなり激しい。

 

数ある差別の中で、「黒人差別」に抗議するときだけ「商店からの略奪」「パトカーへの放火」「警察署の占拠」(民主党の市長は認めているし、同じく民主党の知事も容認している様だが……、民主的、法的に正しい行いとは言い難い)などが許される理由はどこにも存在しないはずだ。