認知症で記憶の衰えた落語家が、それでも高座に上がり続ける理由

ネタ帳を持ち込んで…
週刊現代 プロフィール

あなたが培ったものは何か

草野仁さん(76歳)は今年でキャスターとして53年目を迎える。

「私は人に誇れるようなことなど成し遂げていませんが、これからは後輩世代に何かを残すことに注力したいと考えています。

日本人は人に伝えることが昔から苦手です。そういう訓練もやってきませんでした。しかし、いまの時代、自分の意見や考えを世界に向けて発信しなきゃいけない。そのために、自分が学んできた知識や考え方、技術を少しでも伝えたい」

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コロナ禍で右往左往する世論を見るにつけ、言葉で自分の考えをきちんと伝えることの大切さとその技術を伝承することの難しさをひしひしと感じている。

草野さんに「伝える技術」を教えてくれたのは、数学者で長崎大学名誉教授の父・草野萬三郎さんだった。明治生まれの厳格な人で、幼い頃は、自分から父に話しかけたことなど一度もなかった。

「中学入学をきっかけに父から『学校で起きたことはすべて報告するように』と言い渡されました。ガキ大将の私は先生から褒められるより、叱られることが多く、嫌でした。

でも仕方なく毎日報告する。大抵は『お前が悪い!』とげんこつを食らうのですが、たまに『お前の言うことにも一理ある』と言ってくれることも。『認めてくれているのかな』と思えるのです。

小難しい教育ではなく、こういう血の通った『教え』を受けたから今の自分がある。アナウンサーは言葉でものを伝えるのが仕事ですが、言葉だけでは伝わらない『教え』も含めて若い人、後輩たちに伝えたいです」

自分が何十年もかけて培ってきたことのなかで、次の世代に伝えられることは何か。それが見つかった人は幸せ者だ。

『週刊現代』2020年5月23・30日号より