もし自分の「ありのままの姿」を認めてもらえなかったら、またそこにいるだけなのに対等に扱ってもらえないとしたら、あなたはどう思いますか?

『なかよし』『りぼん』『ちゃお』などの付録や、マクドナルドのハッピーセット、セーラームーンや少女漫画といった、誰もが懐かしいと感じるファンシーグッズにまつわるエピソードが詰まったエッセイ本『ぼくの宝ばこ』

本書の著者である少年アヤさんは、自身がゲイであること、また可愛らしいものが好きだということだけで、これまで周りから蔑まれ、ひどい扱いを受けてきたといいます。時には、そんな状況を乗り越えるためにあえて自分を偽り、取り繕って生きていた時期もあったそう。

そんな中、少年アヤさんが出合った「あたらしい生き方」とは? 生きづらさの根本にふれた時に、初めて気づくことができたという、すべての人を覆う呪縛とはなんなのでしょうか。今回特別に本書から一部を抜粋してお届けします。

ほんとうを生きたい

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ぼくはかぐわしいものが好きです。きらめくものが好きです。
それだけのことで、うんこみたいな扱いを受けてきました。

うんこみたいに扱われつづけると、いつの間にか自分でもうんこそのものに思えてきて、自分はくさい、きたない、不必要だと感じるようになるから不思議です。
そうしてやがては絶望すらも感じなくなってゆくのだから、うんこは利口です。

うんこのぼくは、男の子たちの輪になんて、ぜったいに入ってはいけなかった。近付くのさえいけない。なぜなら、そこはほとんど彼らにとって、あるいはぼくにとっても、聖域に近い場所だからだ。

彼らは、そのなかを堂々と闊歩し、筋肉をぶつけあい、喉仏からぐおんぐおんおおきな声をだして笑いあう。そして、うっかりぼくみたいなのが入り込むと、スクラムを組んで締め出し、うんこの烙印を押す。

ぼくらは彼らの暗部であり、決して触れてはならない恥部なのだ。そのことを徹底的にわきまえ、彼らの聖域を汚さないよう、誇りを汚さないよう、細心の注意をはらうのが、こういうふうに生まれついてしまったぼくらの、たったひとつの務めといっていい。

おおげさだって思うでしょう。