4歳から「デブ警察」の取り締まりは
始まっていた

私は4歳頃からもうデブ警察との記憶がある。保育園で年長組の知らない男の子に指をさされながら「デブ〜」と笑われ傷付いたり、何かのレクリエーションで、他の生徒のお母さんの膝の上に座らなければいけなくなった時は、体重をかけなように腰を浮かせて座った。「思い切って乗って大丈夫だよ」と言われたけど、(太っている)自分が他人に嫌がられないか、5歳にもならないうちから、気を遣っていたのを覚えている。

小学生になり公園で遊んでいた時には、見ず知らずの子にいきなり体重を聞かれて答えると「うわ〜」っと蔑むような目で嘲笑われたり、クラスメイトの男子から『太っていると初潮が始まるのが早いらしい』という謎理論をもとに、「もう生理になった?」とニヤニヤしながら聞かれたこともある。最低の連続だ。

「子供の言うことだから仕方ないよ」と言う人もいるけど、揶揄しない子供もいるし、子供でも大人でも許されないことだ。そろそろ大人の私たちが本気で、こういう風潮と教育を変えていかないといけない。

私の場合は、特定の誰かからの執拗な『いじめ』になる程ではなかったけど、今思い出すと、『太っていたことを理由に経験した、マジありえない惨めなメモリー』が人生で10TBぐらいある(読み込みするにも時間がかかる)。

そしてそれらに対して、私はうまく言い返すことも、傷つけられた気持ちを癒すことも出来ないまま、自分の体に居心地の悪さを感じて成長した。常に他人の言動が気になり、揶揄される自分を自己否定し続け、写真に撮られるのも嫌いで、心はいびつに穴があいたドーナツのようだった。人に優しくなれず、触れるもの全てを傷つけそうになった時期もある。

他人から言われない時でも、テレビや雑誌や電車の車内広告や色んなものが「痩せている事は素晴らしい」「今のあなたはダメだ」「誰かにこう思われているかも」いう一方的なメッセージを常に発信し続けてくる事も辛かった。それらを見た人がまた、デブ警察になっていくループも感じていた。

「痩せていることは素晴らしい」に苦しめられていないだろうか。photo/iStock