『陽の鳥』 著者:樹林伸

希代のヒットメーカーが挑むメディカル・エンタテインメントを連続公開 VOL.2

 口をとがらせる有基の頭に手をおいて、数矢は言った。

「少し乗ったら買い換えるよ。三人でドライブに行ける車に」
「ほんと? いつ?」 

 すぐに機嫌を直す。有基のいいところだ。つい口が軽くなる。

「オープンカーなんか乗るのは今だけだよ。結婚してしばらくしたら、セダンに買い換えるから」
「えっ、結婚するの?」

『陽の鳥』
著者:樹林伸
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 有基は飛び上がって玄関に向かって駆け出す。

「やった、スクープだ。学校行く前に、うちに戻って父さんに言わなきゃ。じゃあね、またね」
「おい、だめだよ、まだ・・・」 

 慌てて止めようとする数矢の言葉に耳も貸さずに、有基は部屋を飛び出していってしまった。

「まったく・・・」 
苦笑しながらも、日溜まりに佇たたずむような仄かな暖かさを覚えた。 

 IQが180を超える天才児のイメージとはかけ離れた、父親似の素直で子供っぽい性格。家で本を読んだりパソコンをいじったりするよりは公園で木登りをするのが好き。将来何になりたいかと訊くと迷わずサッカー選手と答える有基と一緒にいると、数矢は自分を苛さいなみ続ける得体の知れない焦燥感が和らいでいく気がした。八歳でパズル遊びのように微積分をこなす数学の才能を、自分の将来に役立てようなどという気はさらさらない、彼の正直な衒いのなさに憧れる。 

 テーブルの上に投げ出した食べかけのサンドイッチを頬張り、一杯ごとにパックになっている簡易ドリップコーヒーの封を切って、マグカップの上にセットした。

 電気ポットから湯を注ぐと、香ばしい匂いが立ち上る。簡易ドリップとは思えない香りの豊かさに、もしかして化学香料でも使っているのかと、つい理科系的な勘繰りをしつつ、テーブルの上に広げられたままのロードスターのカタログに目をやった。